良くしようとしない(2)

 私はテニスをやっていて、色々な技を学んで行くが、上手く打てる様になったかと思うと又、駄目な部分が出て来たりして、しかし、それをきっかけとして、又、打ち方が以前より、より進歩生長する事がある。
 要するにテニスの技や力量というものはもうこれで完璧という事は無く、どこまで行っても、おそらく永遠に進歩生長するものであるのである。しかし、その過程では一旦、以前より悪くなる事もある。それをちょっと上手く行かないからと言って、焦って我(が)でそれをすぐに良くしよう、上手く打てる様になろうと言うのは間違いなのである。今、このままで常に無限生長の過程であり、それを我(が)ですぐに良くしようなんて言うのは良くない。そして、その無限生長である今がそのまま、完全円満、無限力であるという事である。

 良くなろうとするな。今、このままで神のいでゆく過程である。そして、それが今、無限力で完全円満であるという事である。それが無限生長という事である。
 即ち、今、既に完全円満、無限力であるという事は同時に永遠に生長し続けると言う事である。それを我(が)で今すぐ、良くなろう、良くしようとするのが間違いである。良くなろう、完全になろうとするのは自分が今、完全円満でないという心の表明である。そんな事ではますます不完全になって行くのである。
 今、そのままで完全円満であり、それは常に無限生長して行く。その無限生長して行く過程が完全円満が完全円満するという事である。だから、焦って、今すぐ、良くしよう、分かろうなんてしてはならないのである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-07-08 12:18 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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