実相は自分で出て来る(16)

 実相は自分で出て来るという事は榎本恵吾先生に教えて頂いた事である。この事はそれまでの私の生長の家の教えに対する考え方を根本から変革するものであった。私はそれまで自分の実相は完全円満で無限力であるとう事は頭で分かってはいたが、それが現象世界に持ち来す為には自分の心を清めなくてはならない、その為には普段の行動と心の向け方を良くしなければならないとガチガチになっていたのである。
そして、遂にそれに失敗して、私は奈落の底に落ちたのであった。しかし、その落ちた事が良かった。そこは私に取って、奈落の底ではなくて、宇治の別格本山の榎本恵吾先生のお膝元であった。そこで、私は先生により、生長の家の神髄を授けられ、今、ここそのままが実相世界であるという事を悟る事が出来たのである。
 「実相は自分で出て来る」という事は生かされているという事であり、今、ここ実相世界の常楽の世界にただ生かされ、幸はへられているという生長の家の正に神髄であったのである。そして、その事を悟る事が頭ではなくて、本当に今、ここ実相世界であり、自分が今、神であるという自覚の事であった。

 生長の家の神髄が正に「実相は自分で出て来る。」という事であるという事は聖典「生命の実相」自伝編に出て来る谷口雅春先生の求道の経緯を拝察させて頂くとそれが良く分かる。
 大本教で修行をされていた頃の先生というのは自分の過去が罪に満ちていて、それが分かっていながらも現在もまた罪を重ねて行く自分をどうする事も出来ない、罪を悔い改めたものだけが救われるという当時の大本教の教義が本当であるならば、自分は到底、救われる側に入る事は出来ないと戦々恐々とされていたのである。
 自分で自分の心とか行動を良くする事は出来ない。それが谷口雅春先生が嘆かれた事であり、先生は自分の心が自分で良くする事が出来ないままで、無条件で神が自分の心を良くし、行動も良くして下さる神をお求めになった。そして、それこそが生長の家の神であったのである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-09-16 12:10 | 信仰 | Trackback | Comments(11)
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Commented by 山崎 at 2008-09-17 10:28 x
合掌、ありがとうございます。

私は生長の家の真理を学びだした当初は、自分が不完全だから信仰をしなければならないという気持ちで信仰をしていました。
自分に条件を課していたんです。ゆえに日々の生活の中できっちりと信仰が出来ると(五官・五感で捉えた範囲ですが)、裁き心が育ち、人を裁き、それ以上に自分を裁いていました。
だから信仰上、何かに引っかかったり、つまずくと“あ~また振り出しだ~”と落ち込んだり、悩んだり、考え込んだりしました。今でもその傾向は全くないとは言い切れません。
私は以前、キリスト教系の宗教を信仰していましたので、“人間・罪の子”を自己内在に叩き込んでおりました。なので、上述したように信仰が失敗と見えた時に、“あの人やこの人は神の子だけれど、僕は違うのかなぁ。バカの一つ覚えみたく神の子神の子と、神という概念や生長の家のみ教えの枠組みを“知った”だけで、まだまだ“観じて”はいないのかなぁ。信仰も独りよがりで、実際は神と共に日々を営んではいないのかも。”などと不安に襲われる時もありました。真理探求や求道の道を捨てようとも思ったりもしました。

Commented by 山崎 at 2008-09-17 10:29 x
不完全な自己というスタート地点から、実相円満完全な自己というゴールへ向っていくというのが人生ではなく、今この瞬間、既に吾々は救われ済みで、悟りの境地に至り、実相円満完全であります。
だからこそ、更に更に神を表現したくなるのです。自分だけのものにしておくという事は不自然です。

無条件の智慧・愛・生命を永遠に供給し続ける、絶対唯一無二の神に只々、超入し全託するのみです(^^)

ありがとうございました。

山崎拝
Commented by koujihori at 2008-09-17 11:34
山崎様

 そうですか。山崎さんは以前はキリスト教系の信仰をされていたのですか。以前、まだ生長の家は一年足らずと書かれていたのでこれはまだ信仰の初心者だなと思っていましたが、充分、求道、信仰の道を歩んで来られ、それで生長の家の信仰に出会われたのですね。それなら話は早いです。

 仰る通り、既に吾々は救われ済みで悟りであり、完全円満ですね。それは自分の信仰をちゃんとしなくちゃならんなんて構える事ではなくて、自分は今、そのままで神であり、自分の心も行動もそのままで神の心であり、行動です。きちんとしようとする必要も無い。そのままでいいんです。そのままで神です。それをいや、まだ自分は神が自覚出来てない、心を清めなくてはなんて思う事が自己の心の歪みですね。それは自分が生きているのは自分が生きているのであって、神に生かされているのではないと言う迷いですね。心の歪みがあれば、そのままで完全円満の自己の心も自己の過去も歪んだものに見えますね。

 吾々の心は神の心です。だから、迷いも何もかも神が消して下さいます。それが吾々が神に生かされているという事です。
Commented by 初心者 at 2008-12-09 17:05 x
 「実相は自分で出て来る」、すごい言葉ですね。でも、なんだかわかるような気がします。大事なのは、実相が出てきたときにそれに気づくかどうかなんですね。せっかく出てきても気づけないで無視していると、気づかせるための問題があらわれてくる。出てきたことに気づいてすでにある実相を認めたときにその問題が消えるんですね。
 問題があるということは、すでに実相が出てきているということなんだ。生長の家ってやっぱりすごいですね。
Commented by koujihori at 2008-12-09 17:34
初心者様

 そうですよ。実相は自分で出てくるんです。それが生かされているという事であり、全託という事です。そうじゃなかったら絶対に感謝という事にはなりません。実相が出てくるのに私の力が必要だったら、偉いのは私であって、神という事になりません。実相は自分で出てくる、それが生長の家の神髄ですよ。
Commented by 初心者 at 2008-12-09 18:22 x
 「実相は自分で出て来る」という言葉でこれまでのモヤモヤが吹き飛びました。なにもかもすっきりしました。なんだかとってもうれしい気分です。堀先生、ありがとうございます。
Commented by 畑 中  正 at 2008-12-09 20:37 x
今、全力で、仕事をしていながら、トラブルが起きました。私は、悪役の役を与えられました。もう1人の人が善玉です。でも苦情の言う人は、自分を認めていただくためには、悪玉がいるように思います。ならば、自分は、御心のままに『悪玉を』演じて、問題を素晴らしく解決したいと思っています。これは、間違いでしょうか?お子手絵を頂きたく思います。合掌、
Commented by koujihori at 2008-12-09 23:32
初心者様

 そう言って頂けると冥利に尽きます。
Commented by koujihori at 2008-12-09 23:36
畑中様

 詳しい事は分からないのですが、苦情を言って来た人が善玉でその人はお客さんか何かですか?さあて、それはケースバイケースでこうした方がいいとは私の立場では申し上げられません。私は畑中さんではないのですから。畑中さんご自身の中の神様の導きに従って下さいとしか言いようがないです。

 でも、私だったら自分は悪くもナイのに相手がむしろ悪いのに自分が悪役を演じる事は無いと思います。でも、その時、その時で事情がありますからね。やはり、畑中様の中の神様にお任せする以外無いと思います。
 
Commented by 初心者 at 2008-12-10 11:48 x

 人生にはプラスマイナスゼロの法則があって、いま善玉を演じている人も いずれ悪玉を演じることになってプラスマイナスゼロとなり、あるいは過去にすでに悪玉を演じていれば、今回の善玉役とあわせてやはりプラスマイナスゼロとなる。いま悪役を演じさせられている人も過去に善玉役を演じていればこれでゼロ、まだ演じてなければいずれ善玉役がまわってきてこれもゼロとなる。
 現象界というのはまぼろしの世界なので、何も失うことはできないし、何も得ることもできないので、けっきょくプラスマイナスゼロということになる。
 
Commented by 初心者 at 2008-12-10 11:54 x
 ならば人生に意味がないのかというと、これは損得感情(ふつうは勘定と書きますね)から見た話で、損得をはなれて人生をながめてみれば、よい役をあたえられてありがたい、いやな役だけど貴重な体験ができてありがたいとなって、人生とはありがたいものだということになるのです。
 出すぎた真似と知りつつ、この場に居合わせたのも何かの縁と思い(流れからいって何か書かなくてはならないような気になった)、知ったふうなことを書いてしまいました。でもじっさいにこのような問題が自分の身にふりかかれば、私は浮き足立って、前後のみさかいもなくまわりと対立することになってしまいそうです。
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