そのままの裸のままで尊い

 他人からの評価など全く気にする必要は無いと以前、ここで書いた。それは生長の家の「使命邁進の神示」にも出て来る。「人がどう思うかも知れぬとそんなことばかり気にかけている様な事では心の苦しみは絶えぬものだ。自分がどの位愛したか、自分がどんな仕事をしたか、そればかり考えるが良い。」と示されているのである。
 これは裏を返せば、吾、完全円満なりの自覚の事である。今のそのままの自分を完全円満と思わず、自分を良くしようという心が自分を他人から良く見られたい心であり、それがある為に却って、人からの評価が悪く、かつ他人に対しての嫉妬心が強かったのである。それはそのままでよいという事を知らぬ心、うわべを飾りたい心であり、実相を悟っていない心である。そのまま、裸のままの自分では恥ずかしい心、そのままの自分を不完全と観る心である。

堀 浩二
by koujihori | 2008-09-29 12:31 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/8685937
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 今、立て! 苦手な人はいない >>