本当のハイ

 吾等は生きていて、どうにも自分として納得出来ない事もある。例えば、会社などの組織に属していて、自分の上司のやり方がどうしてもおかしい、納得出来ない、間違っていると感じる時などである。そんな時は上司に提言するもよし、またそれでも聞き入れられない場合はそこの組織のトップに場合によっては直訴してもよしである。しかし、根本的には何としてもこうでなくてはならぬという一つの善の基準、型を握りしめる事無く、神様に全て、お任せするのが良いのである。

 全ての運命を神にお任せすべし。善でも引っ掛かると悪になる。自分で何としてもこうでなくてはならぬという一つの善の基準を作らないで、全ての運命を受け入れるべし。具体的には自分としてやるべき事をやったら、後はそこの組織のトップの判断に委ねるのが良いのである。それがハイの心であり、そして、それが神への全託の心でもあり、そこに最も素晴らしい善の展開があるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-11-11 12:26 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ナオチャン at 2008-11-11 19:27 x
まさに、はいにこぽんの世界ですな。でも私の所属する会社でそげな事と間違いなく馘になりますな。なにしろ尊法精神がないから、だって、労働基準監督署の指導や命令を無視するんだから、神奈川労働局の業務改善命令だって無視するんだもの、信じられます。
Commented by koujihori at 2008-11-12 09:40
ナオチャン

 どうもナオチャンの文章の論旨が良く分からないのですが。
ともかく、現象に対してハイというのではなく、神の御心に対してハイと言うのです。それは現象は如何なる様相をしていようとその底流には神の流れが流れていると信じ、それに任せる事です。それは手をこまねいていて、何もしないって事じゃないです。その中で何か行動を起こして、首になることもあるかも知れません。でも、それが良き事につながるのです
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