人間ほど悪い動物はいない?

 世の中には人間ほど悪い動物はいないという説がある。それはさもありなんである。人をだますし、利用したり、時には無闇に殺す事もあるからである。それに反して、動物は決してそんな事をしない。他の動物を襲うのも自己の生存の為であるし、又、先日、日本熊森協会の会長さんにお聞きした所によると熊というのは月の輪熊もヒグマも決して、恐ろしい動物ではなく、却って、遭難した人を自分の巣につれてきて、保護してやった実例もあるそうである。
 そして、現在、地球環境問題が出て来ているのも人間による目先の物質的利益追求によるものである。そうなると人間さえいなければ、この地球は環境も保たれ、無闇な殺生も無く、動植物達が平和に暮らせるなんて事にもなる。しかしながら、人間は本来はそんな悪いものではない。生長の家が教える様に人間は神が御自分の全徳を顕す為に生み出されたのである。

 人間がそういう風に悪い姿を現すのは実は内に無限に素晴らしい神性があるからである。素晴らしい神性があるからこそ、その表現の初期段階ではその自己の内の神性を悟らず、人のものを奪ったり、だましたりして、自己の私腹を肥やそうとするのである。
 自分が本来素晴らしい存在であるからこそ、それが既に内にあるのに拘わらず、それを外に求めて、他の人をけなしたり、自己をひけらかしたりするのである。
 そういう迷いの過程を経てこそ、自分は間違っていた、過去の自分は自分の外に神の国、理想があるかと思って、それを求め、その為に目先の物質的利益を求め、自分の物質的利益を損なう可能性を持つ相手を蹴落とそう、挫折させようなんて考えたが、そんな事をしなくても自分の中に既に無限があるのだったと今、悟ったのだという境地に到達するのである。そして、そこに自己の内部理想の表現、即ち神の全徳の顕現があるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-12-03 12:41 | 信仰 | Trackback(1) | Comments(8)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/9009514
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Tracked from 最新キーワードチェック! at 2008-12-05 14:24
タイトル : 【生長の家】についてブログの検索結果をまとめると…
生長の家 についてブログの検索結果をまとめると…... more
Commented by ナオチャン at 2008-12-03 19:11 x
夕刊で発表されましたが、天皇陛下の御不例のに心配しております。先帝陛下が崩御してまだ二十年、まだまだこれからなのに。平癒を祈りましょう。合掌
Commented by koujihori at 2008-12-03 23:23
ナオチャン
 
 え、そうなのですか?うちは産経なので夕刊が無いので確かめようが無いです。ナオチャンが言うと何か不安な感じがします。
Commented by ふじおか at 2008-12-03 23:35 x
人を傷つけたりするのも人間の本能なら人を愛し世の中のために行動できるのも人間の本能ですね。
日常のニュースを見てると無常を感じる事もありますが生長の家の人間観は性善説を越える完全 円満としての解釈です。
人間としてこの世に生を受けた事そのものに悦びを感じられる人生を送られるような生長の家の信徒としての志を持ちたいと想っております。
Commented by koujihori at 2008-12-04 09:41
ふじおか様

 そうですね。志を高く持つ、これが大事ですね。その根本は人間神の子完全円満の信仰ですね。これをもっと拡げられるといいですね。
Commented by ナオチャン at 2008-12-04 11:22 x
韓非子って本、知りませんか。人間性悪説を説いてる本です。生長の家とは正反対の本ですね、生長の家は性善説を説いてるだけに。
Commented by とら at 2008-12-04 11:58 x
神の世界には不完全は存在しません。
現象世界とは現象の目で見る世界であって
実相の目で見る世界ではないので不完全に見えるだけです。
実相の目で見たら完全円満なんですよ。
これは雅春先生が解き明かした「生命の実相」だとわたしは確信しています。
従って実相を顕現するとは己自身が「神の子完全円満」を心底から自覚する事なんだと思いますが。いかがでしょうか。
Commented by koujihori at 2008-12-04 13:01
とら様

 全くその通りです。それから実相を顕現させると余り力まない方がいいです。実相は今、ここに既に展開しているのであり、現に我々はその神の無限の生かす力に生かされているのです。その自覚が出てくれば、それが自分にもありありと実感されますが、その自覚も既に我々の中に悟りとしてあるので、人生学校を進む中で自ずとその悟りは開顕します。
Commented by koujihori at 2008-12-04 13:04
ナオチャン

 韓非子ですか?知ってますよ。僕はその人の本は読んだ事はないですが人間性悪説を唱えているのは知っています。小林よしのりによると中国の皇帝は実際はこの韓非子の理論を用いていたそうですね。

 韓非子の言う事も分かる気がします。でも、それは現象しか見てないのではないかと思います。
<< 人生は神生である。(2) 生かされている(6) >>