人生は神生である。(2)

 吾々は人生を生きていて、どうすべきかという事を迷う事がある。それでそれを事前にああだこうだと迷うのが取越苦労と言うのである。そして、某か行動して、その後、自分の行動は果たして正しかったのだろうかと迷うのが持越苦労と言うのである。
 それ全て、この人生を神ではなくて、自分で生きていると思うからである。この人生は神の生きている生、即ち神生である。それを悟らないから悩みが出て来るのである。これこれこういう選択肢が自分にはあるがあっちを立てれば、こっちが立たず、こっちを立てれば、あっちが立たずと悶々と悩んだりする。悶々と悩み続ければ、精神衛生上とても良くない。所謂、頭グルグル状態である。
 しかし、この人生は自分が生きていると言うのが迷いであり、今、このままで実は神が生きてきた神生であったと悟ると一切の取越苦労と持越苦労が消えるのである。あの時、ああしたのは私ではなくて、神であった、百点満点であったと分かるのである。そして、将来、自分がどういう生き方をしたら良いか、どういう選択肢を取れば良いかというのもその時の自分が教えてくれるのである。その時の自分とは神の事である。

堀 浩二
by koujihori | 2008-12-04 12:24 | 信仰 | Trackback | Comments(12)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/9014210
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by ふじおか at 2008-12-04 23:10 x
神に全託する生き方
貴方はこのブログで繰り返しそのメッセージを発信されておられますね。

それは野球選手がキャッチボール  陸上選手がランニング練習をするように生長の家の信徒としてもっとも基本的な事だからですね。
その大切なことを信徒の人でも真に理解してしてない人が多いと思います。
それだけ深い真理ではないでしょうか。
私も体得できておりません。
これからも真理を発信し続けられるのを期待しております。
Commented by jun at 2008-12-04 23:41 x
 合掌、ありがとうございます。
今回、いろいろ書きこまさせて頂き、先生からご回答いただく中で、先生の信仰に対する純粋さにふれさせていただいただけでも、意味があったように思えます。

 生長の家にお集まりになられる方々は、外部の人たちも含めて、本当に信仰に対する姿勢が純粋であると感じています。
おそらく、それは昔も今も変わらないのだと思います。

 意見の違いはあれど、生長の家に対するすべての人々の純粋な姿勢を見て、雅春先生も清超先生もお喜びになられているのではないかと感じました。

 この場をお借りできましたこと誠に勝手ながら、心より感謝申し上げます。
 堀先生、皆様本当にありがとうございました。
 
Commented by koujihori at 2008-12-05 09:34
ふじおか様

 神に全託するというのはその全託の信仰も神に全託するという事です。ですから、それを自分に言い聞かせる必要も無いです。その信仰も自ずと出てくるのです。それが神に生かされているという事であります。
Commented by yukio aono at 2008-12-05 10:00 x
合掌  ありがとうございます
堀 先生のコメントに、見入っていました。
現象あるいは実相の立場と言いますか、コメントされる
皆様の立場の違いか、議論は平行線ですね。

「甘露の法雨」では
汝ら自身は「神性の人間」にして
そのほかの如何なるものにも非ず
されば人間は真理の眼より見る時は

と、続きます。私も、堀 先生に学び、「吾に頼む者は
ことごとくこれを摂取して実相の国土に住せしむ」の実相の
世界に住めて、悦びあふれる自分でありたいと思います。
ありがとうございます。           敬礼

Commented by koujihori at 2008-12-05 10:21
aono様

 有り難うございます。あれはあれで私も命がけでコメントしています。でも、そのお陰で私もとても勉強になってます。でも、私は絶対の自信があります。何故なら私は実相から言葉を発しているからです。
Commented by JUN at 2008-12-05 11:33 x
 堀先生、先生が実相から言葉を発してらっしゃると言う自信に信頼をよせまして、やはり疑問を解決したく思いますので質問させてください。 

「現在は日本国が素晴らしい、天皇陛下が素晴らしいと言う言葉を余りあからさまに出さないものとなっているのだと思います」
堀先生のお言葉です。

そして本部講師OB様から御提示頂いた、雅春先生のお言葉
「民族の特殊性を強調しますと、それは偏狭であって、人類的でなくなるように思う人もありますけれども、実は決してそうじゃあないのであります。どの民族でも、その民族固有の特殊性を完全に発揮することに依って、却って全人類が幸福になるのであります・・・」

  堀先生が発言された「余りあからさまにださない」というのは「強調しない」と訳して問題無いと思いますので、

 雅春先生の御主張「民族の特殊性を強調した方が、人類が幸福になる」に対し、堀先生の御主張は「民族の特殊性を強調しない方が、人類が幸福になる。」と明かに解釈できますがここまで間違い無いでしょうか?


Commented by koujihori at 2008-12-05 11:49
junさん

 あなたは言葉遣いは丁寧ですが、その心根はとても良くないと思います。
 あなたは私の文章に、何か少しでもつけいれると思う所があればつけいろうとしている感じがします。あなたは真理に対して、それをハイと受け取る心になっていないのです。
 だから、私が何を言っても自分の主張と相手の言葉尻をとらえる事しか出来ないのです。あなたは中心帰一、中心帰一と口では言いますが、真理に対する全面的なハイが真の中心帰一です。ですから、今回のあなたの問いかけに対して、私なりにコメントする事も出来ますが、あなたはそれに対してもまた、理屈を言ってくるでしょう。
 ですから、もう、あなたに対するコメントは止めようと思います。
(ところで私は原則的にハンドルネームでコメントするのは無責任だと思っています。あなたは自分の正体を隠して、自分の言いたいことをここで書き連ねています。そこまで言うならどこの教区で本名は何なのか名乗りなさい)
Commented by JUN at 2008-12-05 11:51 x
 >そこまで言うならどこの教区で本名は何なのか名乗りなさい

おっしゃるとおりです。広島教区 栄える会・青年会所属 鈴木 雅臣と申します。

 

Commented by yukio aono at 2008-12-05 11:55 x
合掌  ありがとうございます
早速の、ご返事ありがとうございます。

>あれはあれで私も命がけでコメントしています。
>でも、そのお陰で私もとても勉強になっています。
>何故なら私は実相から言葉を発しているからです。

揺るぎのない、数々の実相の言葉をありがとうございます。
私も、堀 先生のことばで勉強し、又、こうしたコメントの
やりとりで他の多くの人々が参加することになり、共に学べる
ことに感謝しています。 “悦びの広場”が、より一層発展
することを望む一人です。  ありがとうございます。
                         敬礼

Commented by 鈴木雅臣 at 2008-12-05 11:56 x
>今回のあなたの問いかけに対して、私なりにコメントする事も出来ますが、あなたはそれに対してもまた、理屈を言ってくるでしょう。

 できればご回答頂きたくおもいます。
 本当に御迷惑であれば質問する気はまったくございません。
 ペンネームを用いたのは、私の周囲への配慮のつもりです。
 今までの私のコメントすべてに,先生は悪を感じられるかもしれませんが、私の現在抱いている本音を主張したものです。
Commented by 鈴木雅臣 at 2008-12-05 12:00 x
 私は親子3代に渡り信仰して来た生長の家を続けるべきか続けざるべきか本気で今考えております。

 
Commented by 鈴木雅臣 at 2008-12-05 12:42 x
>あなたは真理に対して、それをハイと受け取る心になっていないのです


「民族の特殊性を強調しますと、それは偏狭であって、人類的でなくなるように思う人もありますけれども、実は決してそうじゃあないのであります。どの民族でも、その民族固有の特殊性を完全に発揮することに依って、却って全人類が幸福になるのであります・・・」


 私は谷口雅春先生のこのお言葉に対しては共鳴でき、全面的に素直に「ハイ」と言えます。


<< 相手は鏡である。 人間ほど悪い動物はいない? >>