今、悦んでよい(5)

 以前も書いたと思うが榎本恵吾先生は「今、生かされている事を悦びなさい。今、悦ばなくて何時悦ぶんですか!」と度々強調されていた。

 正にその通りである。今において他に時は無いからである。そして、それは裏を返せば、吾々が神であり、完全円満であるのは何時の事かと言ったら、今において他に無いという事なのである。生長の家は誠にも「今」の教えである。谷口雅春先生がお悟りになったのが「今、立て!」の啓示を神からお受けになった時であるとは周知の事であるが、生長の家はその「今、立て!」の先生の御自覚から始まったのである。それまでは先生はご自身の事を完全円満、無限力なのは実相の事であって、現象の実際の自分はまだその自覚が顕在化していないからまだ駄目だ、まだ不健康だ、まだ貧しいと思われていたのであり、だから、生長の家が始めるだけの経済的余裕も健康もまだ自分には無いと思われていたのである。それを神の啓示により、無限供給なのは今の事である、無限健康なのは正に今、ここ自らの身体の事であると悟られ、それからすぐに生長の家を始められたのであり、それだから、現在、地上に生長の家の運動が存在するのである。

 要するに将来、自分が健康になる為に、豊かになる為に今は修行に励む時、今はその準備をする時なので今は悦べません、将来、現在、自分が熱心にやっている愛行やその他の行による善行が潜在意識に蓄積されて、心が清まって、それがまた将来的にある時間の経過の後に肉体その他の現象にようやく出て来たら、その時、悦びましょうなんて言っていたら永久に悦べる時など来ない。何故なら、例えそうなったとしても今、悦ぶ事が出来ない人は又、何か他の不足の点に引っ掛かって、悩み、不平を言うに決まっているからである。
 今において他に時は無い。吾々が完全円満、無限力なのは正に今の事なのである。現象はナイのである。だから、今、悦べば良いのである。
 心が悟れば、現象とか肉体が良くなるのは確かである。しかし、現象とか肉体に一切期待するなかれ。現象はナイのであり、それは正に過去の念がある一定時間の後に具象化する事により、良い時もあれば悪い時もあるからである。しかし、実相は今、完全円満、無限力であるのである。その今、完全円満、無限力なる自己の生命を悦んでおれば良いのである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-01-09 12:19 | 信仰 | Trackback | Comments(10)
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Commented by yuko at 2009-01-09 12:34 x
了解!!
Commented by koujihori at 2009-01-09 12:38
yukoさん

 有り難うございます。レスポンス早いですね。
Commented by yukio aono at 2009-01-09 17:15 x
合掌  ありがとうございます

>今において他に時は無い。吾々が完全円満、無限力
>なのは、正に今の事なのである。現象はナイのである
>だから、今、悦べば良いのである。

『ハイ』

「了解」、この言葉がいいですね。
全てが与えられ済みなのを、悦ばずには居られません。
ありがたいと思える心、ハイと言える心が、嬉しい
ばかりです。
                   敬礼
Commented by koujihori at 2009-01-09 22:37
aono様

 有り難うございます。そうですね。真のハイは真理に対する無条件のハイですね。今、神である、それを無条件に受けるのがハイですね。そこに常楽がありますね。
Commented by ふじおか at 2009-01-10 21:46 x
永遠の今を生きる
今自分の目に見える現象世界はやがて消えて無くなるもの
それを無常の世界でむなしいと判断するのか
今の世界に悦びを感じて人生を過ごすのか。
たった一度の人生を幸福に生きるか否かはここにあると思います。

今を悦ぶ  本当にそう想います。
Commented by koujihori at 2009-01-11 00:11
ふじおか様

 有り難うございます。正に今ですね。そこが実相常楽国土ですね。
Commented by 三谷文人 at 2009-01-12 16:26 x
 いつも悦んでいる堀さん、有難うございます。

 未来に漠然と空頼みしていた信仰生活から一転、今ここが実相常楽の世界だと分かると、そのままで悦べますね。悦びから出発する信仰。浄まり済みから展開する行。訳もなく嬉しい、楽しい神の子の生活です。

 勉強会、ご苦労様でした。悦びが悦びを呼んで、素晴らしい人達が仲間に加わって下さり、とても盛り上がりましたね。悦びの輪は、着実に拡がりつつあります。

 今、悦びましょう。遠慮せずに悦びましょう。この御教えを保つ人は、暗雲垂れこめる世の中に、明りを灯す尊い人です。
Commented by 仙川健一 at 2009-01-13 00:08 x
有難うございます。人生とはまさしく「今」ですね。たとえ辛く、悲しいことのある「今」であっても、その「今」を素直に受け止めようと思っています。
Commented by koujihori at 2009-01-13 09:25
三谷さん

 有り難うございます。勉強会とその後の飲み会、本当に盛り上がりましたね。すごい人が続々と集結して下さってくれて、本当に有り難いです。

 ところで、今、ここが神の国であるという事は生命の実相を良く読むと書いてあるんですよね。今、丁度、20巻の自伝編を読んでるんですが、そこに雅春先生がお悟りになられる課程として、実相は完全円満だが、それが出てくるのは無限に長い時間の先であるという信仰は多くあるが、生長の家は今、ここが神の国であるという信仰であるという様な記述が出て来ます。
 僕が思うのはそうした生命の実相に書かれている事をホゴにして、心を清めなさいとかその為に行に励みなさいという事ばかりを強調する講師が多いという事です。
Commented by koujihori at 2009-01-13 09:28
仙川様

 コメント有り難うございます。そうですね。全てを受け入れる事が必要ですね。でも、今を受け止めたら、辛い事は実はナイのであると思います。それから、全ては神の流れですから、表面的には色々ありますがそれは長い目で見れば、全て良かったという事になると思います。それをそうじゃないと思う事が心の歪みであり、迷いであると思います。
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