問題はナイ(7)

 榎本恵吾先生が仰っていたお言葉の一つに「問題はナイ」というのがある。榎本先生は他にも潜在意識はナイとも仰っており、生長の家をやる人がよく潜在意識を清めなくてはならないとかこの問題を解決しなくてはならないなんて頑張っているのをバッサリ切り捨てておられた。
 しかし、突き詰めて考えてみれば、それこそが実相独在の生長の家の神髄である。ところで昨日、神の国は吾が内にのみあるという事を書かせて頂いたが、そもそも問題とかというものが自分の外部に存在すると思う事が間違いであるのである。それこそ、「問題はナイ」のであって、それを自分の外部に問題ありと思って、その問題を解決しようと心でつかむ事が問題や悩みを作り出すのである。その心がある限り、次から次へと問題が形を変えて消えないのである。

 そもそも問題はどこにあるかと言ったら、どこにもナイのであって、勝手に自分の心で描いて、それをつかんでいるだけであるのである。よく一難去ってまた一難と言われているが、それまではある問題で散々悩み、苦しんでいたがその問題がやれやれ解決したと思ったら、又、他の問題が出て来て、自分を苦しめるという事がある。しかし、それは新しい問題というものが具体的に存在して来たのではなくて、今まで他の問題に心が引っ掛かっていた為にその新しい問題というのがそれまで自分に認識されていなかった為に無かったに過ぎなかったのである。

 要するに問題というのはこの様に自分の心さえそれに引っ掛からなければ存在し得ないという事になる。即ち、問題というのはナイのであって、それでは何かと言ったら、自分自身が自分の外部に問題アリと勝手に想像して、その自己の心がその創化力によって、表象化したものに過ぎない。即ち自己の迷いの影であって、存在しない、ナイのである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-01-15 12:27 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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