取越苦労するなかれ

 「取越苦労するなかれ。」という章が聖典「生命の実相」第七巻、生活遍にある。私はこれが本当に出来なかった。そこには取越苦労というものが如何にいけないものであるかという事が説かれており、それで取越苦労すると血液中に毒素を生じ、それが脳細胞を破壊するとまで詳しく説かれているものであるから、私は「取越苦労」の恐ろしさを知り、取越苦労すまいと思った。しかし、取越苦労すまいと思ってもどうしてもしてしまうのである。
 私は以前、生長の家の青年会の仲間から「お前は取越苦労の仕方が異常だ。」とまで言われた事がある。それは私としては当然の心配事をしていると思っていた事であったが、それがその仲間からはそう思えなかったらしい。
 そして、私はその後、神経衰弱に陥り、夜は一睡も出来なくなった。そうなったのはやはり、取越苦労の習慣によるのだろうが、私としては自分なりに真剣に信仰していた積もりである。その後、何回も紹介させて頂いた様に宇治の道場で私の尊敬するA先生に導かれ「生かされている」という事に私は目覚める事が出来た。
 取越苦労するなと言われて、ああそうかとすぐ、取越苦労しない様になるものではない。生長の家の生き方は生長の家の根本即ち吾々が生きているのは自分で生きるのではない、完全円満なる神に生かされているのであるという真理に目覚めなければ到底出来るものではないのである。
 吾々は神である。今、完全円満である。今、ここ神の国である。吾々のその時の言葉、行動が神の言葉、行動である。我(が)が無理して生きているのではない。
心配即ち取越苦労というのは思い煩う事であり、それは物事を処理し、この人生を生きていくのを自分という我(が)でやろうという心である。自分でやろうとするからあれこれ思い煩うのであり、心配するのである。吾等は神であり、その一挙手一投足は今、そのまま神の一挙手一投足であるという事を悟らなくてはならないのである。吾等は我(が)というちっぽけな存在が生きたり、考えたり、意志決定しているのではない。宇宙に遍く存在しているところの完全円満なる神に完全に生かされているのである。
 それが分かった時、自ずと取越苦労は消えるのである。自分がどうすべきかはその時の本当の自分即ち内なる神に全託しておれば良いのである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-03-02 12:27 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 山崎 at 2009-03-02 21:59 x
合掌、ありがとうございます。

先達ては的確なアドバイスありがとうございました。余り難しく複雑に考えず、神我一体となって歩んでいきたいです。

第一志望校の結果は未だみたいですが、ご子息の受験合格おめでとうございます!
私は今月末に卒業式です。学業とアルバイトばかりのキャンパスライフでしたが、1年半前に生長の家に出会わせて頂き、今に至っております。両親をはじめ、凡てに感謝です。

息子さんの益々の青春の謳歌と、堀家の益々のご発展とご多幸を祈っております。

Thank you for giving us good inspiration, advise and more!
I just wanna say thank you so much from bottom of my heart.
Still bless you and your all.

ありがとうございました。

山崎拝
Commented by koujihori at 2009-03-03 09:24
山崎様

 有り難うございます。しかし、生長の家に触れてからまだわずか一年半ですか。それなのに素晴らしいご心境ですね。確かキリスト教をされていたのですよね。そういう信仰の下地があるから、生長の家の素晴らしさもひとしお分かるのでしょうね。

 ところで素晴らしい英文のメッセージ有り難うございました。雅宣先生もこの頃、ブログに英文のメッセージを載せておられますよね。
 私も一応毎日英語の勉強をしています。私の夢は世界の人に真理を伝える事なので。今はちょっと止めてしまいましたが、二年前の1月から3月位までの私のブログには英訳もついてますので良ければご高覧下さい。
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