真の悦び

 真の悦びは肉の快楽を追求する事ではなくて、肉を捧げて、捨身した時、内側から実相が伸び伸びと出て来て、魂が解放される感じである。その中で自ずと様々な力や智恵が必要に応じて出て来る事である。
 苦しみとは内側にある無限力、無限健康が抑えられる感じである。それを抑えているのは他でもない自分自身である。それは肉が実在すると思い、それを得よう、保とうとする心である。それは肉欲追求の心ともなるが、それが自分の魂を縛るのである。それは最初は快楽かも知れないが自らの魂を縛り付けているのであるから、その内、苦悩となるのである。
  
 世に不倫だの何だのやって、肉の快楽を求める者が結局は苦悩の内に自己崩壊の道を辿るのも当然の事である。
 真の悦びは肉や物質の快楽を求める事で得られるのではなくて、自らの保身を止め、自己の肉体を捧げ、捨身した時、そのままで完全円満の自己の実相が解放される事により得られる。

堀 浩二
by koujihori | 2009-03-11 12:19 | 信仰 | Trackback(3) | Comments(10)
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Commented by 初心者 at 2009-03-11 14:31 x
テニスの話がつづきますが、ご容赦ください。
「グランドストロークでは上体の力を抜く」ということから、たいへん多くのことを学ぶことになりました。すでに書きましたが、サーブやボレーにかんしてはコレというものをつかむことができたのですが、グランドストロークはけっきょく何もつかむことができませんでした。バックハンドでは、一緒にプレーしている人から「バックでどうしてそんなに強い球が打てるのか?」というようなことを聞かれるのですが、それは「打てる」のではなくて「打てた」という感覚なので、答えようがありませんでした。
 「上体の力を抜く」ということでわかったのは、グランドストロークというのはいつも違う姿勢で打っている、ということなんですね。練習でコレという型をつくっても、コートに立てば、型は通用しませんね。走りながら打つこともあれば、あとずさりしながら打つこともあります。飛んでくるボールの速さも違えば、バウンドする高さも違う。そのつど違う型で打ちかえさなくてはならないわけですから、下手にコレという型をつかんでいたらかえってマイナスになりかねないですね。
Commented by 初心者 at 2009-03-11 14:32 x
真理の勉強をして「わかった」というつもりになっていても、じっさいに問題がおこったときには、テニスのグランドストロークで感じていたのと同じようなもどかしさを感じます。テニスは、自分が打ちたいようには打たせてくれません。問題も、自分が解決したいようには解決させてくれないですからね。
 それなら、不動の一点にとどまればよいのかというと、そんなわけにはいかないですね。テニスは、相手にふりまわされながらボールを打ちかえすよりほかはありません。問題も、ふりまわされながら解決するよりほかはないような気がします。
 このとき大事なのは、先生が書いておられる「上体の力を抜く」といった対処の仕方なのではないかとおもいます。問題にふりまわされたとき、真理にたいする姿勢をくずされないような工夫が必要なのではないかということです。たとえどんなにふりまわされても姿勢をくずされることがない、これができればテニスの試合にも勝てるように問題はかならず解決する、ということを学ぶことができました。
Commented by koujihori at 2009-03-11 15:19
初心者様

 コメント有り難うございました。そうですね。テニスのフォームは教科書通りには行かず、実際の試合になれば、様々なケースやボールに対処しなくてはならないのですから、一つの型にとらわれる訳にはいかないですね。

 僕はテニスを始めた当初はテニスのレッスン書に書いてある通りに打とうとし、又、それを反復練習して行く事がテニスに上達する事だと思ってました。でも、それでは仰る通り、型にとらわれている訳で一向に上手く打てませんでした。
 それで当時、僕の意識を一変させたのがアメリカのテニスのレッスンプロであるティモシー・ガルウェイという人が書いた「インナ-ゲ-ム」という本です。著者はヨガの影響を受けた人で要するに自分の中に自動的に動くセルフ1と著者が名付けた無限のパワ-を持った生命が宿っていて、それに任せればテニスは飛躍的に上手くなるという内容でした。
 (続く)
Commented by koujihori at 2009-03-11 15:21
初心者様

 それまで僕は外側から型を自分にくっつけて、肩の回転がどうの、脇を締めるのがどうのと打っていたのが、内側から自動的に動く力があると分かり、それに任せて打てば、フォームの事など考えずに自由にボールを打ち返す事が出来る様になり、その時は本当に小躍りして悦んだ事を覚えています。大学時代でした。

 確かに自分の中に自動的に動く力(それはとりもなおさず実相生命の事ですね)を発見したのはいいのですが、それなら、フォームの事も何にも考えずに全てのテニスの技が出来るかと言ったら、そんな事はありません。その事はテニスをする中で徐々に分かって来た事ですが。
 
(続く)
Commented by koujihori at 2009-03-11 15:26
初心者様

 それはやはり、コツややり方というものがあり、それをきちんとふまえなくては駄目で、グラウンドストロークは適当に打つだけなら出来ますがサービスは絶対にきちんとした打ち方でないと良いサービスにはなりません。そして、その打ち方というのは何も外側から自分にはめた型ではなくて、これもやはり吾々の内側にある無限力、これはやり方ですから無限智の部類に入ると思いますが、そこから出て来るもので、それは試合経験を重ねる中で自ずと出て来ます。そして、自分で出て来たら、もう余り意識しないでも自然にそのやり方を出来る様になりますが、だからと言って、まるででたらめに打っているのではなくて、身体の使い方を意識して打っているのですね。だから、吾々の内なる無限生命、無限力、無限智というのは吾々の現在意識としても出て来るんです。

(続く) 
Commented by koujihori at 2009-03-11 15:26
初心者様

 ちょっとコメントに対するお答えの範疇から外れて来たと思いますが、要するに人生上の色々の問題に対して、臨機応変に対処するのはテニスも人生も仰る通り、同じですね。そして、その対処するのは他でもない吾々に内在する神の叡智です。それは今、吾々の中に息づいているのですから、その時、その場においてどうしたら良いかというのはその時の内側からのインスピレーションに任せればいいのですね。
Commented by なおちやん at 2009-03-12 09:26 x
人間は欲望の塊デアルー肉欲、食欲、ete特に性欲やはり気持ちものは気持ち良いのである?子種汁を発射するときは満足感をもって歓劇しながら出すので良いですね子供が授かるトパーズ
Commented by koujihori at 2009-03-12 10:13
ナオチャン

 相変わらず下品なコメントですね。わざとやってるんですか?ところで食欲、性欲、睡眠欲が健全であるというのは神に生かされているからでこれは本当に有り難い事なんです。全てが失われた事のある僕に取って、それは実感です。でも、それは神を悟らず、肉体をアルと思って、それを保とうとしたり、肉欲が人間本来の悦びだと勘違いしてそれを追求して来たつけが回って来た結果だったんですよ。
Commented by 初心者 at 2009-03-12 12:01 x
堀先生、ある本にこんなことが書いてありましたよ。

>私たちはあれこれと考えたり、理屈をこねまわす必要はないのである。具体的プロセスに依存する自我を滅して、心を開き、自己の内なる神の導くままに従えば、全体という神に出会えるようになるだろう。

 この本のなかで著者は、スポーツ選手が発揮する、自己の内部にある説明不可能な不思議な能力についても言及しています。ちなみにこの本とは、量子力学をテーマに書かれたものです。科学的にみても、以上のような考えが結論として出てくる、ということになるみたいですね。
Commented by koujihori at 2009-03-12 13:00
初心者様

 そうですね。その本の言う通りです。頭脳智とは肉体の事ですね。それは本来、存在しないものでそんなものがいくら集まっても空しいですね。その具体的プロセスこそ「今」の事であり、神そのものだと思います。
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