生長の家とは何か(11)

 私は幼い頃に母親により、生長の家を伝えて頂き、毎日、母が仏壇の前で誦げる聖経「甘露の法雨」を聞いて育った。そして、大学生の頃から生長の家青年会に入って、本格的に生長の家をやりだした。それで毎日、神想観をし、聖経を誦げ、組織運動にも一所懸命取り組みながらも身近な人に普及誌などを上げたりして、伝道、愛行に努めた。それは神想観で心を清め、聖経の真理の言葉を何回も繰り返す事により、自分の潜在意識を清め、愛行する事により、法施を重ねて、徳を積もうとしたのである。大方、そのようにするのが生長の家を真面目にやろうとする者の努めであるというのが生長の家の中でも研修会などで盛んにたたき込まれたので素直に一所懸命やったのである。
 しかしながら、私は何回もここでご紹介したが、信仰に行き詰まり、一回、奈落の底に落ちた。だが、その奈落の底の下に常楽の実相世界があったのである。私は宇治別格本山のA先生の元に導かれ、生長の家の奥殿の教え、本当の生長の家にまみえる事が出来た。それは今、そのままで完全円満であり、ここが実相世界、常楽の世界であるという事である。
 それは心を整えようとか人を救おうなんてしなくても既に神の御力により、心を清めて頂く世界であり、既に全ての人類が救われている世界である。正に常楽の世界がここにあり、何の取り越し苦労も持ち越し苦労も要らない世界の発見であった。

 生長の家の初歩的真理は現象は心の影であるから、心を祈りや行で清める事により、現象は整うという教えである。しかし、その奥殿まで進むと敢えて、心を清めようなんてしなくても神が全てを整え、清めて下さるという境地になる。それが実相独在の生長の家の教えの神髄である。

堀 浩二
by koujihori | 2009-05-07 12:25 | 信仰 | Trackback | Comments(11)
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Commented by なおちやん at 2009-05-09 20:47 x
不幸とエロスを探求する『なおちやん』でつ
堀さんしばらくぶりの下ネタオンパレードでつ
だいぶスケベが放出して仙人みたいになってしまうのは堀さんの業の深さに違いありません。私のほかに女と遊んでいるのにと『ご令室』が嘆いておられました。まあこれが本当なら由々しき事態ですね。不幸を笑い跳ばす『なおちやん』でした。
Commented by ふじおか at 2009-05-09 21:48 x
実相を観て善一元の世界を信じれば悩むことも苦しみも取り越し苦労もいらない。
その境地こそ当に生長の家の信徒の究極の世界ですね。

私が縁のある札幌教区の同士の方達には色んな性格の人がいますが自分も含めて言動不一致でこの人本当に真理が頭に入っているのかなと思う人がいます。

それも含めてすべてが完全円満の世界であると思うところにこの真理が存在するのだと私も思います。
想いは常に真理の方向へ向いている。
その事こそ大事ですね。














Commented by koujihori at 2009-05-11 09:09
ふじおかさん

 コメント有り難うございました。そうですね。この真理を何とか実行しようなんて考えると言行不一致なんて事で悩まなくてはならないですね。

 でも、そうした現象はナイのであって、今ここ完全円満である実相しかないというのがこの真理の素晴らしさですね。

 
 
Commented by はやせ at 2009-05-12 00:04 x
> 榎本恵吾先生の元に導かれ、生長の家の奥殿の教え、本当の生長の家にまみえる事が出来た。

榎本恵吾先生は、谷口雅春先生の古事記講義について、どのように話されていたのでしょうか。「生長の家の奥殿の教え、本当の生長の家」という言葉を使うからには、谷口雅春先生の古事記講義は切り離すことはできないはずです。昨年、日本教文社にいた白水春人氏が新しい出版会社を作り、雅春先生の「古事記と日本国の世界的使命」を出版したことは
ご存知のことと思いますが、教団本部のこの出版に関する見解には認識の浅さが垣間見えてガッカリしました。雅春先生が創設者である生長の家の教えを正統に伝えていって欲しいと思います。
Commented by koujihori at 2009-05-12 10:28
はやせさん

 私が受けた榎本先生のご指導に古事記の講義はありませんでした。でも、それでも私は先生に生長の家の真理の精髄を伝授頂けたと思っています。私と同じ思いの人はおそらく沢山いるでしょう。
 古事記は日本建国の神話であり、それは宇宙の真理を示していると思います。でも、必ずそれに触れなければ宇宙の真理を説いた事にはならないという事でもないと思います。
Commented by はやせ at 2009-05-14 06:09 x
>古事記は日本建国の神話であり、それは宇宙の真理を示していると思います。でも、必ずそれに触れなければ宇宙の真理を説いた事にはならないという事でもないと思います。

????
谷口雅春先生は、生長の家の教えに必要であるから古事記講義を書いたとはずなのですが、堀さんは上記のお答えをなさる。
私には、なにをもって掘りさんが「生長の家の奥殿の教え、本当の生長の家」という言葉を使うのか理解できませんね。
もし、堀さんが古事記に関する雅春先生の著作・記述をたくさん読んでいるのならば、私は大変失礼なことを書いていることになるのですが・・・・・。
Commented by koujihori at 2009-05-14 11:39
はやせさん

 雅春先生は日本人の自覚を促す為に日本が真理国家であるとお説きになり、日本国の使命を古事記に照らしてご教示下さったのだと思います。ただ、古事記も日本国も現象としてはナイのですよ。それが正に生長の家の神髄であります。

 ところで本部の米等先生の「古事記と日本国の世界的使命」に関する見解を読みましたが、私の目から見て、とてもまっとうで丁寧な解説だと思います。私はこの本は読んでいませんが、解説にあるように「この現象日本が世界を統一するのである。」なんて事が本当に書かれているのであるならばそれは間違いだと思います。
Commented by はやせ at 2009-05-14 16:48 x
失礼ですが、堀さんは雅春先生の古事記に関する著書や記述を多くは読んでいないものと私は感じました。また、「古事記と日本国の世界的使命」を読んでもいないのに、これに対する本部の目等氏(米等ではありませんよ)の解説に対しまっとうで丁寧であると評価するという行為は、私には出来ないな。その解説が正しいか正しくないのか、どのように判断するのでしょう。
Commented by はやせ at 2009-05-14 16:49 x
生長の家の教えの中に、「知って犯す罪と知らないで犯す罪とどちらが大きいか」というのがありました。
「生長の家の奥殿の教え、本当の生長の家」という言葉を使う時は、生長の家について知らないことがあってはこまると思います。清超先生は著書「生長の家の信仰について」の中で、「古事記」は「生長の家の教え」そのものでるというニュアンスの記述をしています。(タイトル 「古事記」のコトバ)
参考までに、雅春先生の「大和の国の神示」講義の中には、【私は、天皇さまを、実相を直視して全知全能の神の御現われであるというように今も考えているのであります。そしてアインシュタインがいみじくも言った如く世界連邦が成立し、誰をその連邦の神聖な中心にすべきであるかというと、自然に日本天皇がその首座に推されるほかはないと信ずるものであります。】とあります。これは、雅春先生の中(生長の家の教えの中でも)で終始一貫していたと思います。
Commented by koujihori at 2009-05-14 17:07
はやせさん

>「生長の家の奥殿の教え、本当の生長の家」という言葉を使う時は、生長の家について知らないことがあってはこまると思います。

 そんな事無いですよ。釈迦の弟子で阿難の様に多聞第一と言われた人もその教えの精髄はつかんでいなかったです。逆に迦葉の様にお釈迦様が優曇華の花をひねって見せただけで直感的にお釈迦様の教えの精髄を直感した人もいます。教祖の教えの精髄を悟る事と教祖が説かれた説法の話を全部知っているという事は違うのです。
Commented by はやせ at 2009-05-14 21:11 x
堀さんは、迦葉でしたか。失礼しました。もう、何も申し上げることはございません。
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