2009年 02月 06日 ( 1 )

観世音菩薩のお働き(2)

 吾等は生長の家で現象というのは吾等の心の影であると教わる。そして、その心というのは長年の蓄積されたものが潜在意識となって、それは吾等の心の95%は占めると言われ、その心の思う通りになるのである。
 だから、一概に思ったら思った通りになると言っても、ちょっと「あいつ、憎いから死ねばいい。」なんて思ったらすぐその相手が死ぬなんて事にはならないのであって、思ったら思った通りになるというのは吾々の普段の行い、思いが長い間掛かって蓄積したものが実現するのである。
 という事で癌になりましたとかノイローゼになりましたなんて言っても、それは吾等の歪んだ間違った心の現れであるが、それは間違った考えた方に基づく長年の思いと行いが蓄積して、それが何らかの縁に触れて、ある日、突然発病するのである。だから、それはずっと昔に思ったり、行動した事が潜在意識に蓄積して行って、それがまたある程度時間が経って、その後にやっと肉体とか現象に現れるのである。
 そして、それは一種の波動の様なものだから、現象は良い時もあれば悪い時もあるという事になるのである。だから、そんなものはゆらゆらとした陽炎の様なものであって、ずっと以前の吾等の迷いの残像に過ぎないのであるから、そんなものに一喜一憂せずに本物の自分の生命の実相の完全円満さを観て、悦んでおれば良いのである。それのみが本当に実在する世界であり、それは今、ここに、そして吾等の内に展開しているのである。
 
 さて、前置きが長くなってしまったが、その様に現象は過去の念の残像に過ぎないものであり、そして、それは繰り返すが実在するものではなく、その現れた事によって、それで消えて行くものである。だから、悪い現象とか病気が出て来たら、「さあ大変だ、病気になった、どうしよう。」なんて思わないで、「ああ、これで消えた、治った。良かった。」と思えとは生長の家の教える所である。
 しかしながら、それは又、観世音菩薩の教示でもある。その教示によって、吾等は自分の心や考え方の間違いを如実に知り、それによって、本当の事を悟って行くのである。
 従って、それは吾等の内なる神の生長でもあり、神の流れであるとも言えるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-02-06 12:33 | 信仰 | Trackback | Comments(5)