2009年 02月 24日 ( 1 )

神の国は我が内にのみあり(6)

 現象に期待していると駄目なのである。現象というのは吾等の認識が映っているに過ぎないものであり、本当の世界ではない。そして、不完全であるのである。だから、そこに理想即ち神の国があると思って、追い求めてはならないとは聖経「甘露の法雨」にある通りである。
 現象を実在する世界であると思い、そこに理想を見出そうとするならば、失望や疑問や憤りを感ぜずにはおかないのである。どんな理想的な人物が現れたとしても、そこに神を求めてはならないのである。
 アメリカの新大統領であるオバマ氏はこれから自国第一主義を脱し、諸外国と対話と協調を打ち出し、かつ環境問題に真剣に取り組むと理想的政策を掲げて、さっそうと登場したが程なくして、妊娠中絶を積極的に進める団体への補助を再開するとか受精卵を使用した医療研究に対する支援策を発表するなど胎児や受精卵を一人の人間と扱っていないとしか思えない部分もある。この様に現象的には完璧な人間というのはいないのである。
 
 吾等はここで改めて、現象はナイ、肉体はナイ、それらは全て自分の心の影に過ぎないという生長の家の神髄に立ち還らなくてはならないのである。
 現象はナイ、然らば親もナイ、師もナイのである。現象をアルと思って、そこに価値とか意義とか感謝すべき相手を見出そうとしてはならないのである。現象はナイ。繰り返すがそれは自分の認識の展開に過ぎない。現象が不完全ならば、目の前の相手に失望するならばそれは自分の認識に歪みがあるからである。
 吾が内の神の国のみある。理想の国、人は吾が内にのみあり。それが分からないと親に感謝するなんて絶対に出来ないのである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-02-24 12:28 | 信仰 | Trackback(4) | Comments(9)