2009年 02月 27日 ( 1 )

本当に愛するとは

 本当に相手を愛するという事はどういう事であるか。愛というのは仏教では執着に通ずるとして、否定されている。しかし、キリスト教では愛という事を盛んに説き、キリストを最高の愛の実践者であると讃えている。
 愛と言えばそれは「相手に対する思いやり」の心であるという定義もある。そして、自らを顧みず、自分を相手に捧げる事を愛であるとも言われている。
 しかし、生長の家では愛とはどういう事かという事がはっきりと明確に定義されているのである。それは愛とは「相手の完全円満なる生命の実相を直視すること」である。
 いくら、自分の子が可愛いからと言って、自分の思い通りにさせようとか心配して過保護にするとかすればそれは却って相手の自由を損ねたり、相手の可能性に蓋をする事になり、愛している積もりが相手を損なう事になるのである。愛とは智恵を伴うとはそういう事である。
 愛するという事は相手を神の生命であり、完全円満であると観る事である。そうすれば、相手を尊重する事も放つ事も出来るのである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-02-27 12:27 | 信仰 | Trackback | Comments(6)