2017年 04月 06日 ( 2 )

感情も過去の業の現れ。だから現れて消えるに任せれば良い。

 雅春先生ってけっこう癇癪持ちだったみたいでそれにまつわるエピソードは二三聞きます。生長の家本部かどこかで雅春先生を中心に幹部が会議をしていた際、扇風機の角度を変えた人が居た。そうしたら先生はその人に向かって
「それはいじらんといて下さい!」って怒鳴ったそうです。

 でもそのすぐ後にその相手と何事も無かった様に先生は談笑していたとの事。先生はどこかにお書きになっています。
「僕も怒る事はある。でも僕はすぐ赦すんだ。」と。

 実相直視、天地一切のものに感謝が生長の家です。でも癪にさわる事はある。憤る事もある。現象界というのは過去の業が波動的に出て来る世界で脳髄から出る想念も同様です。その時にある条件になると特定の感情、想念が湧き出て嫌悪感を持ったり憤怒の感情が出て来る事がある。でもそれは過去の業が現れて消え行く姿。だから放っておけば良い。

 そして、相手を拝めば良いのである。そして感謝する。それで良いと思います。  

堀 浩二
by koujihori | 2017-04-06 13:40 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

感謝は神がさせて下さる。

 天地一切のものに感謝すると言ってもね。頭に来る事はあります。気分悪い事も。そんな時は自分の心を神に全託すると良い。
 神は全ての全てであるから必ずや神の御力により天地一切のものに感謝出来る事が出来る様になるのである。それは内側の神即ち吾が実相が自分で出て来る事による。しかし、それは観世音菩薩のお示しという多少厳しい経験をしなくてはならない事もある。

そのままでよいのである。そのままは神である。実相は自分で出て来る。我(が)ではない。

堀 浩二
by koujihori | 2017-04-06 09:09 | 信仰 | Trackback | Comments(0)