2017年 05月 11日 ( 1 )

赦すのは神が赦すのである。

 相手が自分にとても赦せない仕打ちをして来た場合、それを赦そうとしても赦す事は難しい。
 それは我(が)が赦そう赦そうとしているからである。吾が内の神のみがそれを出来るのである。

 神に全託して「そのまま」の心であれ。それで表面的に相手に怒る事があっても良いのである。神が内側から出て来て相手を赦す事が出来る様になるのである。
 それが神に生かされているという事であり、実相独在であり、実相は自分で出て来るという事である。

堀 浩二
by koujihori | 2017-05-11 16:31 | 信仰 | Trackback | Comments(0)