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嫉妬について

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 伊調馨がオリンピック四連覇という前人未踏の偉業を達成した。またその他にも女子レスリングは二つの金メダルを取り、吉田沙保里はこれからだ。

 ところでこの吉田、霊長類最強女子と言われているらしいがとにかく強い。で、ことに外国人で可愛い顔をしてる選手には俄然燃えるのだそうだ。だから強いのか。

 要するに可愛い顔をしている相手には「この野郎絶対負けるか!」と思うのだろう。これは要するに嫉妬だ。
 こんな一流選手も嫉妬があるのだなと思った。

 人間というのは嫉妬の強い生き物だと思う。嫉妬はおんなへんを書くが男の嫉妬もすさまじい。特に会社とかの組織で出世競争に負けたりすると顕著に出て来ると思う。私はこの嫉妬が大嫌いだ。自分が嫉妬するのもされるのもとても嫌だ。


 そもそも嫉妬というのは相手が自分より美しいとか豊かだとか優秀だとか思うと出て来る。だから自分に絶対の自信を持っていれば他人に嫉妬しなくて済む。
 そもそも人間は皆自分の中に無限を持っている。みんな無限を持っているという事はその無限は共通のパイがあるという事でこれを神と言う。その全宇宙に拡がる無限の神を共通項として色々な個性ある表現がされる。それがそれぞれの人間であり、地球には70億人いる。神は無限であるからその表現も無限であり、地球には70億もの異なる個性ある表現としてそれぞれの人間が存在する。

 それを自覚すれば他人に嫉妬などしなくてよい。それぞれが神を通して命の兄弟として拝み合いかつ自分と異なる個性を表現している相手を讃嘆出来るというもの。

 そうした心境に高め上げてくれるのが宗教の本来の目的だろう。

堀 浩二

 
by koujihori | 2016-08-18 09:14 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

肘の痛みが教えてくれるもの

 数ヶ月前にテニスのサービスの肩の使い方が分かり、ラケットを持つ方の肩の肩胛骨を出来るだけ後ろにそらせ、真上から見ればくの字になる位にすると良いと発見し、サービスのスピードが増したがどうもここ一ヶ月くらい肘が痛かった。で、その痛みと腫れは手先まで伝わり、字を書くのにも支障を来している位だったが、その原因が今一つ分からなかった。

 で、どうも良くなったはずのサービスもここ三週間くらい、スピードがいまいちと感じ、太陽が目に入るとからきし駄目。でも上級者は私と同じ位置から打っても良いサービスを打っている。これはやはり私の打ち方にまだ課題があると思って壁打ちの練習をして見た所、私は肘を使っていなかった事が分かった。肘を使って打つのは今から10年ほど前にクラブで元全日本クラスのSさんから教わっていたがそれを忘れていた。それで現在の打ち方に肘を使う事を意識して打ってみたらスピードが2割ほど増した。肘の痛みも肘を使わないで打っていたからと判明した。

 その後、コートでサービスを打ってみたら、フラットサービスがきちんとサービスエリア内に入ってかつそのままダイレクトで後ろのフェンスを直撃した。これは私の30年のテニス歴で初めて。本当に嬉しかった。プロとかはみな、サービスエリア内に入ったボールはノーバウンドでフェンスに届くが素人でそれが出来る人はめったにいない。だから本当に嬉しかったのだ。


 私は今までサービスの技術が進歩する時の直前は決まってパフォーマンスが落ちる。でもその事がその時の課題を教えてくれているという事であり、また今回は肘の痛みがあったのだがそれは本来でない打ち方をしていればどこかに故障や痛みが生じるのであり、その痛みが本当の事を教えてくれている。

 これはテニスに言える事だが、人生万般にも言えると思う。何か病気とかその他の不具合が生じて来たのは自分の行動や考えにどこか本来でないものがあるのを教えてくれているのだ。だからそういう人生の不幸と一見見える様な事でもそれは神様のお導きなのだ。

堀 浩二
by koujihori | 2015-08-03 12:29 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

上達というのは既に自分の中にあるものを発見して行く作業である。

 吾々の能力が上達、進歩するっていうのは外側から自分に何かを足していく事で達成されるのではなくて、既に吾々の中にある無限力を発見して行く事で為される。

 要するに努力というのは自分の中にある宝を発見して行く作業である。

 テニスのサービスでプロの女子選手で180キロ位出す子がいるのはこれはどう考えても腕力ではない。ドイツのリシツキーは190キロのサービスを打つが腕相撲なら間違い無く私が勝つ。だから、これは腕力ではなくて技なのである。要するにフォームとか打ち方だ。


 で私はようやくそのやり方が大方分かって来たと思う。要するにサービスは膝の力、肩の力、体重移動、肘の力を全て効果的に連続的に使っていけばインパクト時に最大のパワーが発揮出来る。非力な女の子でもこれらの力が連動して最後のインパクトでボールにパンチを与えられれば時速180キロのサービスが打てるという訳だ。

 そのコツは
①膝を曲げながら前足に体重移動する。
②それと同時に左肩を上げ、右肩を下げ、かつ左腰を前に突き出す。
③それと同時にトスアップする。同時にラケットも振り上げる。
④トスアップは打点より40センチ位上を狙って上げる。その際、トスにとらわれない。
⑤トスを上げたら、ラケットを持つ腕の肘を曲げる。その事により、頭の後ろにラケットヘッドが落ちる。
⑥その次に思い切りラケットを振るがその際、肘を内転させてクロールの様に振る。またボールはラケットの真ん中ではなくて先っちょで打つ。

 こうして打てば、体重移動をしながら、膝の力、肩の力、肘の力と連動して行って最後にボールに強力なインパクトを高い打点で与える事が出来る。

 これらを発見するのに私は大部掛かったが、この技は元々私の中にあったのだ。それを先達の指導の下、試行錯誤しながらようやく発見出来た。努力というのは既に自分の中にあるものを発見して行く作業である。

堀 浩二
by koujihori | 2014-07-16 19:33 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

吾々は今、そのままで無限の真理そのものである。

 私はテニスをもう足かけ30年以上やっているが、サービスの打ち方について「これさえ良くなれば自分のテニスを完璧だ。」と言う考えに陥る事あって、そういう時は「よくしよう」「分かろう」として頭で考えたり、何回も一人で練習してる時にその頭で考えた事を試したりする。
 しかし、こういう事をやっても決して上達する事は無い。また、「ここさえ良くなれば」という心境になるのはこの30年間何回もあり、要するに「これさえ良くなれば」というのはどこまで行ってもまた出てくる。
 これさえ良くなればというのはその良い打ち方を外に求めているのである。それでそれを分かろうと頭で考えたり、出来ようとあくせくする訳だ。
 それは,皆、内側に既にある無限の真理を認めずに自分の外に正しい打ち方、要するに真理を求めているから、「これさえ良くなれば」と思ってああだこうだ頭で打ち方を分かろうという行為をするのであるが、結果がろくな事にならず、却って下手になるのである。

 テニスでは「もうこれで分かった」というのは無い。分かったと思った瞬間、分かっていないものだと言われるがそれは無限の叡智というか真理というものは外にあるのではなくて自分の中にあるものであり、だから、自分は今、「分かっている」し「出来る」のである。しかし、それは無限の叡智、真理であるから無限生長するのであり、それは試合経験を軸にして、上級者、指導者の適切な指導を受ける中で自ずと出てくる。

 真理は無限の叡智は今、自分の内にある。しかし、それは無限生長であるからいくらでも現象的に進歩、向上するのである。

堀 浩二
by koujihori | 2014-05-06 20:42 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

やっぱり正しい信仰って大事だな

(生長の家のポスティングジョイに書こうと思ったけど事務局からクレームがつきそうな内容なのでこっちに書きます。)

 柔道、金メダリストの内柴選手が準強姦罪容疑で逮捕されましたね。いくら柔道が強くても人間駄目だって言う事が良く分かります。テニスの世界なんかでもテニスだけ強くて、勉強がまるで駄目なんて子はプロになり損ねるとパチプロになったりするなんて話も聞きます。スポーツだけ出来て勉強をしない、ましてや人としての一番大事な信仰が無いとやっぱりこういう事になるんだと思います。
 僕も男ですからこういうシチュエーション(お酒を呑んで何となくそういう雰囲気になる)っていうのは分かります。でも信仰を持っていると先ず理性で「いけない」と思うし、例え、それでも誘惑に負けてしまう(極真空手創始者、大山倍達氏はアメリカで武者修行している時、マフィアの家でいけないと知りつつ、誘惑に負けて、金髪美女と関係を持ってしまったと述懐してます。)事があってもそこは守護霊が護ってくれるという事があると思います。

堀 浩二
by koujihori | 2011-12-09 12:13 | スポーツ | Trackback | Comments(2)

神様のレッスン

 この連休、テニスで沢山の事、と言うか僕の生まれついての課題を克服する事が出来ました。僕はテニスに関してはけっこうセンスがあると思っていて、かなり深く考えていると思っています。でも、戦績が中々伴わなかった(あえて過去形です)のです。それでも、以前はそうひどいものでもなく、そこそこやっていた時期が長かったですが、ここ二ヶ月、特にこの連休に入って、試合で極端に勝てなくなりました。気のせいではなく、ダブルスのパートナーが僕と組むとミスを繰り返すのです。ちょっとやけになりかけましたが、それは全部、自分のミスを恐れる縮こまった心の映しである事は以前申し上げましたが、それはサービスに限らず、他のあらゆるショット、ストローク、ボレー、スマッシュに共通した事でした。

 この前、クラブで上手い人とパートナーを組んで試合をしましたが、その時、注意されたのが「堀さんはボールが弱くて短い。もっと大きくのびのびとラケットを振らなくちゃ駄目だ」と言う事でした。僕は本当にものごとを悲観的にとらえ、自分は上手くいかないと漠然と考えて、それで姑息に結果を出そうとするから、腕が縮んでボールが短くなるし、自分と一体のパートナーのミスにつながっていたのでした。

 でも僕とパートナーを組む人がそれにしても、余りにもミスを連発する現象が本当に顕著になって来たのがこの連休でした。それでとうとう、今日の早朝テニスで分かったのです。「ああ、これは神様の僕に対するレッスンだ」と。

 神様は僕がものごとを悲観的に見て、他の人が自分を害していると何となく思っていて、それを姑息に良くしよう、良くしようという心をテニスを通して、教えてくれたのでした。その時、本当に「神様に生かされている。有り難い」と思った事でした。それを分かって、神の子無限力の信仰でそれを克服するのは僕の生まれついての課題だったのです。

 それが分かったら、本当に心がのびのびとなった僕はストロークもボレーも自信を持って、ばしばし打てる様になり、今日も試合に勝つ事が出来ました。

堀 浩二
by koujihori | 2010-05-05 11:49 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(0)

どうしてテニスの試合で負けるか分かった。

生長の家のポスティングジョイに以下の投稿をしました。そのまま貼り付けます。)

 この間、テニスのダブルスの試合で僕がどんどん得点を決めているのに僕と組んだパートナーがミスばかりするので勝てないで落ち込んだ話をしました。実際、そういう事が割合ある僕は自分は勝負事ではついてないと思ってました。讃嘆楽団さんから「それは相手を負かすと可哀想と思うからじゃないですか」と言われ、そうかなと思ってましたが、今日、はっきりとその訳が分かりました。

 この前、引退したプロテニス選手の杉山愛が言ってましたが、「テニスは人生そのものだ」と言う事で、テニスは人生の縮図だと思うんです。

 僕はテニスの試合でミスする事を極端に恐れていたのでした。だから、パートナーがミスするんですよね。要するにここでも自他一体と言う事が分かります。僕は自分に責任無いみたいに言ってましたが、極端にミスを恐れるから僕自身も自信を持ってやってないから腕が縮んでミスしてないようでも相手にチャンスボールを与えてしまう訳です。僕は要するに自分は駄目だ、勝てない、ミスをしてしまう、どうしようと思っていて、それで勝とう勝とうとあくせくしているから思ったら思った通りになる法則が働いて、いくらあくせくやっても実力が発揮出来ないし、自分と一体のパートナーがミスする訳ですね。

 と言う事で僕はこれからは自分は出来る、上手いと思って明るくのびのびとテニスする事にしました。これって、生長の家の人間神の子無限力の信仰なんですよね。そうしたら、自然にこうしたら良いという方法がどんどん思いついてサービスなんかでも前より良くなったし、かつパートナーは素晴らしいショットをばしばし決めてくれるし、と言うことで今日、クラブの試合でも今まで一度も勝った事のない人にも勝ったし、戦績も3勝1敗という好成績でした。

堀 浩二
by koujihori | 2010-05-03 21:37 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

オリンピック女子フィギュア

 昨日、バンクーバーオリンピックで大会一番の華である女子フィギュアのショートプログラムが行われた。
 一位が韓国のキム・ヨナ選手、二位に日本の浅田真央選手、三位はカナダのジョアニー・ロシェット選手であった。浅田選手はノーミスの素晴らしい演技で今季自己最高の73・78点をマークした。しかし、キム選手がそれを上回る世界歴代最高の78・50点をマークした。その差は4・72点差である。

 日本人はもちろん、浅田選手にキム選手を抑えて、金メダルを取って欲しいと願っていると思う。4年前のトリノオリンピックではフリーで荒川静香選手が見事な演技をして見事金メダルに輝いたが、彼女の演技の後にライバルのロシアのスルツカヤ選手が演技している時、日本人のある不心得者が「転べ!」と叫んだとか叫ばなかったとか。

 この間も書かせて頂いたが、何でもそうだと思うが「人と比べてどうこうという事よりも自己のベストが出せ、かつ昨日の自分より今日の自分が生長した事こそ悦ぶ」のが本当だと思う。オリンピックで金メダルを取る事は確かに素晴らしいが、それは実力も無いのに何が何でも取る事が良いという事ではない。
 私の大好きな映画に「クールランニング」と言う映画がある。これは確かディズニー映画で題材は1988年にカナダのカルガリーで行われた冬季オリンピックにジャマイカの選手達がボブスレーで初めて出場した実話を元にした映画だったが、私はこれに痛く感動した。映画ではジャマイカチームの監督にかつて、オリンピックで金メダルを取った事のある元選手が就任していたが、この監督はオリンピックで自分が金メダルを取った際にある不正行為をして、その事が後でばれて彼はこの競技界から追放された人物であり、その監督が選手達にしみじみと「自分は金メダルを取るという事が最高に価値ある事だと思っていた。しかし、それは間違いだった。」と吐露するシーンがある。
 そして、ジャマイカチームは本番の大会では素晴らしい快進撃をするが決勝のゴールの直前で後一歩と言う所でボブスレーのソリの大事なボルトが外れて、ソリが大破してしまう。しかし、4人の選手達はゴールを諦めず、全員で壊れたソリを担いで歩いてゴールするのである。

 私は今回の女子フィギュアのショートプログラムを観た限りではもちろん浅田選手も素晴らしいが、キム選手のそれは本当に群を抜いていると思う。私は素人で詳しい事は分からないが、私が今まで見たフィギュアの選手で最高の選手ではないかと思う。はっきり言って浅田選手よりキム選手の方が実力は頭一つ抜けていると思う。
 これでもし浅田選手がキム選手に勝って金メダルを取ると言う事になるにはキム選手の転倒以外考えられない。私はこういう結果は望まない。それぞれの両選手が自己の最高の演技をしてもらいたいと思う。それで結果は神様にお任せすれば良いと思う。

堀 浩二
by koujihori | 2010-02-25 12:31 | スポーツ | Trackback | Comments(4)

機会を逃してはならない。

 私は昨日、テニスのシングルスの草テニス大会に出た。私はテニスに関してはダブルスよりシングルスの方が性に合っている。と言うのは私のグラウンドストロークはトップスピン系であり、これはダブルスよりシングルス向きであるし、又、ダブルスだと負けたりすると思わず、パートナーのせいにしたくなったりするからである。
 その点、シングルスは全部自分の責任であるから、そういう所は私の性分にあっているのである。又、公式の大会に出たりする場合は私は自分の行動をテニスを第一にするのではなくて、生長の家の行事を第一にしているので、それによって大会に出れたり出れなかったりするのでそうした時も身一つであるシングルスの方が都合が良いのである。

 さて、私は去年は二つのシングルスの公式大会に出た。二大会とも、初めて出場した。テニスの公式の大会は年齢別に別れており、私は45歳以上の部にエントリーした。二大会とも、レベルの高い大会であったので初めて出る私としてはダンゴ(1ゲームも取れないで負ける事)も覚悟の上だった。しかし、二大会とも、勝利する事は出来なかったが、競った試合(試合のスコア、7月の試合5-7、2-6と12月の試合5-8)ともなり、自分なりに手応えをつかんだ。これなら、来年はもっと上位に行けるだろうという自信も持つ事が出来た。それで私は今年も7月と12月にある各大会に向けて、出来るだけ毎月、テニススクール等で主催されている草テニス大会に練習の為に出ようと思った。それで昨日は今年初めての草テニス大会に出場した。そこで私は都合4試合したが、情けない事に全敗であった。スコアも悪く、ダンゴでは負けなかったが、1-6,2-6、2-6、1-6という事で一試合、せいぜい2ゲームしか取れなかった。と言うのはこの大会に出て来る人達はテニススクールのコーチとか将来プロを目指しているジュニアの選手とかが出て来るので、非常にレベルが高く、私の様な50歳のウィークエンドプレーヤーが勝つのはとても困難なのである。
 でも、私の中では昨日はとても収穫が多い練習試合であった。テニスクラブで練習したりして分かったサービスの打ち方がより分かり、磨きをかける事も出来たし、グラウンドストロークでミスが出るのは足を効果的に使っていなかった事が原因だった事も分かった。
 ところで昨日は日曜日であり、しかも試合は夜に行われたので最初の二試合が終わった時は翌日仕事でもあり、又、何となく朝から体調が優れなかったので後の二試合は棄権して帰ろうかと思った。でも、3試合目を待っている内に段々、疲れが取れて来たので、これなら3試合目も出来る気がして、それで試合に臨んだ。その試合で私はグラウンドストロークで足をこまめに使って早めに良い位置へ行って、早めに構えて打てばミスが減る事が分かった。それで4試合目はさすがに棄権しようと思ったが、内側から「試合に出ろ」という声なき声がして、私は最後の試合に出た。その相手は中学二年生だったが、将来プロになる為に毎日、4時間位練習している子である。私はその時、サービスを悉く強く打ち返され、ポイントを失った。所謂リターンエースというものだが、こんな経験をしたのは初めてだった。私はサービスが早くないのでサービスで相手を圧倒する事が出来ない。しかし、それでもファースサービスをリターンエースされる事はさすがに無かった。私はショックを受けた。サービスはある程度良くなった積もりだったからである。4試合目はやはり、疲れが出ていたのと試合まで寒い中、30分近く待っていたので身体が冷え切っていたという事もあったと思うが、ともかく途中までバンバン、リターンエースを決められたのである。
 私は「何くそ」と思い、でも頭は冷静にゆっくりと確認する様に正しい動作でしかも思い切りサービスを打って行った。これが私のサービスの技術を向上するのにとても良い勉強と練習になった。段々、相手の子が私のサービスのリターンをミスする様になり、それでかろうじて1ゲーム取れた。でも試合は結局1-6で負けたが、私はそういう訳で昨日は大いに収穫があった。

 元巨人の桑田が相手と自分を比較するのではなくて、昨日の自分と比較して今日の自分が上達した事を悦びなさいと子供達に指導していたが、私は昨日は試合成績は良くなかったが自分の中では大いに進歩があったと思って悦んでいる。それと私は出来れば4試合目はやりたくないと思った。それは表面的には「明日、仕事だから」なんて自分には言い聞かせていたが、最後の試合でもし負けて、全敗になるのを実は恐れていたからである。私はそういう恐怖心に打ち勝って、積極的に内部の声に従って、試合に出たからこそ、掛け替えのない教訓と生長を得る事が出来たと思う。
 吾等は自分に巡ってくる事は全て、今の自分の生長に取って、最も良い練習台になるのである。だから、決して、消極的になって機会を見逃してはならないのである。

堀 浩二
by koujihori | 2010-02-22 13:12 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

テニスは勝とうとすると却って勝てない。

 私は子供の頃から学校の体育会などでスポーツを徹底的にやった経験が無い。テニスを始めたのは大学に入った後であり、それでも適当に友人同士で趣味的にやる程度であった。 だが、十年ほど前から、腰を入れてやろうとして、その後、自宅近くのテニスクラブに入って、土日の空いている時は出来るだけここでプレイする様にしている。

 ところで、このテニスだが、私は中々試合に勝てる様にならなかった。子供の頃、家に卓球台があって、卓球に親しんで来たのでテニスではグラウンドストロークには自信があり、それでテニスもやろうという気にもなったのだが、私は元々美術的な事に子供の頃から親しんでいたので自分がどうしてテニスをやろうという気になったのか自分でも分からなかったがとにかくテニスに魅力を感じて、これまで打ち込んできた。余談になるが、自分がこれをやりたいという事は素直にやって行くのが良いのである。それはその方面の才能が出たがっている事であり、その事で人格の完成に役立つからである。
 ところで本題に戻るが、私はここ十年テニスに打ち込んできて、最近はっと気がついた事がある。それは私は余りにも試合に勝とう勝とうとしていたが故に試合結果が良くなかったのではないかと言う事である。
 私はテクニック的には割合自信がある。かなり深めている方だと思う。だが、クラブでの試合は割合勝率が良くない。それはテクニック以前の身体能力即ち走ったり、不利な体勢から打ち返す能力が他の人に比べて劣っているので勝率が良くないと分かってきた。それはどういう所から来るかと言ったら私の身体が硬いからである。要するに余計な力が入っている為にスムーズに身体を動かす事が出来ないのである。それでその身体の硬さはどこから来るかと言ったら、それは試合に負ける事に対する恐怖心があって、それが自らの力を縛っていたのである。要するに結果を気にして、腕その他の身体が硬く縮んでいたのである。

 テニスの試合は勝とう勝とうと言う気持ちがあると却って、勝てない。勝敗など度外視して、捨身で全力を尽くす事を考えるのが良い。結果は神に全託するのである。そうすると体から余計な力が抜けて、のびのある球が打てる様になる。要するに得よう、得ようとがつがつせっつくと執着になり、却って、目的とするものが得られないのである。
 私はその事に最近やっと気がついた。これはテニスに限らず、スポーツ否、人生全般に共通するだろう。先日引退した杉山愛はテニスとはあなたに取って何ですか?と聞かれて「人生そのものです」と答えたが、この様に私もテニスに人生を教えられた。私がテニスを無性にしたくなったのもこの自覚に到達する為であったと思う。

堀 浩二
by koujihori | 2010-01-12 12:31 | スポーツ | Trackback | Comments(0)