カテゴリ:健康( 8 )

空腹が人間を健康にする。

 こうして見るとオレ太ってたよなあ。上の写真は一年半前。で下は八ヶ月前。14キロ痩せたよ。昔は朝はとろけるチーズを載せたトーストにバターをたっぷりのを二枚。そして卵、で砂糖スプーン大盛り二杯でミルクティー。昼はがっつり食べて、夕方はちょっと道草してラーメン。夜もしっかり食べる。それから色々と間食にウイスキーは毎日ボトル三分の一。それで89キロ。
 で、去年の5月から一念発起して朝はサラダのみ。昼は味噌汁のみ。晚は和食中心で肉は殆ど食べない。酒類は一杯まで。これで75キロへ。健康診断はオールAよ。

 食を減らして痩せると健康になるばかりか若返り、髪も濃くなり、体臭も消え、便通も良くなる。でカッコ良くなる。美しさと若さと健康は三位一体のものなんだ。

堀 浩二

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by koujihori | 2014-07-23 20:48 | 健康 | Trackback | Comments(0)

病気はナイ

 日野西恵美子先生は生まれつき小児麻痺で足が萎えて、歩けなかったのである。そしてそれは生長の家に触れた後も相変わらずであった。それを谷口雅春先生が一喝して「あなたは立てます!」とやったらびっくりして必死に立ち上がった。それを機に歩ける様になったのである。
 また、私も15年前に自律神経を故障してからボールが真っ直ぐ投げられない、テニスのフォアハンドでの球出しが上手く出来ないなどという障害が残った。私は心は神の子無限力を悟っているのだから、これから訓練で良くしていけば何時かは出来る様になるだろうと何となく思っていたのである。しかし、この15年で一向に良くなるどころか却って悪くなっていた。そして、私は悟った。「今、不具合はナイ。病気はナイ。まだ駄目だ、駄目だと思って、これから良くしようとしていたから何時まで経っても駄目だったのだ。」と。それで、その自覚通り、どんどんフォアハンドの球出しをやっていったら出来たのである。

 生長の家の根本真理は「病気はナイ、肉体はナイ、死はナイ」という事である。
 病気はナイのである。不完全はナイのである。それを悟れば今、完全円満、無限健康が展開する。今ここに。今まで如何に努力しても、病気や不自由が良くならなかったのは「今はまだ病気だ。これは過去の迷いの念の現れが残像がまだ残っているのだ。だからこれから反復練習によって、行によって病気を良くしよう、障害を良くしよう。」などと考えていたから中々良くならなかったのである。
 無限健康、完全円満なのは「今」であるのに拘わらず、「いや、まだ駄目だ、まだ駄目だ。これから良くしよう」などとケチな考えであったから駄目だったのである。
 病気はナイのである。不完全はナイのである。だから、これからそれを良くしようなんて考えなくて良いのである。今、立て!である。

堀 浩二
 
 
by koujihori | 2012-09-11 20:13 | 健康 | Trackback | Comments(0)

病気をつかむな

 病気をつかむな。吾々はともすれば自己の病気をつかみがちである。まだ病気だ、まだ病気の自壊作用中だ、自分の信仰で病気を治すのだ、この病気の苦しみのお陰で自分の生長があるのだ等々思って、知らず知らずの内に自ら病気をつかんでいるのである。その病気をつかむ心がある内はいくら表面の心で健康を願っても病気で苦しむという事にならざるを得ないのである。
 
 病気はナイ。不完全はナイ。吾々は今、無限健康、完全円満である。その自覚こそが本当の吾々であり、悟りである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-10-08 12:10 | 健康 | Trackback | Comments(0)

病はナイ

 生長の家の根本真理は病無し、迷い無し、悪無しという事である。
 それでは現実に現れている病気とは何なのであろうか?「それは実相を観ていない迷いの心の影だよ、神想観して、実相を観て、感謝すれば治るよ」なんて言われそうである。しかし、そんな事が簡単に出来れば世話はない。
 
 それは即ち、吾等の心を映し出してくれている観世音菩薩の御働きであるのである。昨今では例の豚インフルエンザが大部、世間を騒がした。それにつけて、ある生長の家の先生が「ウィルスというものは人間を迷いの淵へ転落するのを防いでくれる所の神様が作り上げたガードレールである」という谷口雅春先生の御著書「神、真理を告げ給う」から引用して、今回の豚インフルエンザも現代の間違った人間達の心を気付かせる為に神様が現しだしたものであるとお話になっていた。
 
 要するに病気とかそういうものは実際、存在するものではなくて、それはその人の考え方にある間違いがあり、それをその人に気付かせる為に現れているのである。それは大抵、感謝が出来ていない事に起因する。
 病気はナイ。それは吾等が当たり前の既に与えられている良き事の有り難さに気付かせる為の神の教示である。吾等が今既に与えられている有り難さに目を開き、それを受け止め、感謝し、その中でそれを満喫し、楽しみ、悦ぶ事で、病はその本来の役目を終えて自消自滅する。感謝すれば病気が治ると生長の家で一般に言われているのはつまりそういう事である。

堀 浩二
by koujihori | 2009-06-02 12:26 | 健康 | Trackback(1) | Comments(4)

恐怖症などと言うものはナイ

 恐怖症という言葉がある。高所恐怖症、閉所恐怖症、男性恐怖症、女性恐怖症様々である。私はハッキリ言って、高所恐怖症である。又、多少、女性恐怖症の気もある。

 恐怖症の人はどうしようも無いのである。私などはバンジージャンプやスカイダイビングなどはもちろん、観覧車に乗るのも命がけである。それはどうしてそうなっているかと言ったら、長年の自分の心の向き方の蓄積の結果であり、今すぐどうこう出来るものでもない。
 そうなると自分は恐怖症だから、勇気が出ないから、心が弱いからという事で自分の弱い心というものはどうしようもない生まれつきのものだとか、親の育て方が悪かったからどうしようもないなんて思いがちであるが、そんな事は決して無いのである。

 ノイローゼとか恐怖症というのはそもそもその人の元の心が弱いからではなくて、本人の考え方に何か重大な間違い、考え違いがあるからである。その考え違いに基づいて長年、行動して来た事が潜在意識に溜まって、恐怖症になっているのである。考え違いとは即ち生きているのは神に生かされているのではなくて自分が生きているという我(が)、心のつかみである。
 神に生かされているという事を悟らず、自分が生きていると思っている人は不安となり、その為に自分の心をマスターベーションなどで慰めようとする。そうした事を繰り返せば、段々、自分の潜在意識に不安の心が刻印され、脳髄にもそれが刻印され、本物の恐怖症になってしまう。しかし、今、自分が神に生かされている事が分かり、心のつかみを放ち、その習慣で生活していけば、恐怖症は自ずと消えるのである。
 
堀 浩二
by koujihori | 2008-12-16 12:44 | 健康 | Trackback | Comments(4)

あなたは自分で治せる。

 日本教文社の本に「あなたは自分で治せる」という本がある。
 私は実は腰痛持ちである。それがいつ頃そうなったか分からないが大体、10年位前からだと思う。腰痛はちょっとしたきっかけでなるが、二、三日すれば治るので余り気にしていなかった。しかし、先月、生長の家の教区大会という行事で進行役とか活動発表とかをやらせて頂いたが、そのストレスからかその日から何となく腰が痛いなと思っていたが、翌朝はもう立てない位、腰が痛かった。
 

 いっその事、仕事を休んでしまおうかと思ったが、そこは頑張って、会社に行き、仕事をした。しかし、椅子に腰掛けているだけで痛くなるので、デスクワークでも立って行った。
 そして、翌日、その翌日と段々と痛みは引いていったが、根本的に治らないでいた。そうしたら、近所の知り合いの奥さんと朝、通勤時に駅でたまたま、お会いしたので、自分が今、腰痛で悩んでいると言ったら、その奥さんは「それは腹筋と背筋が弱くなっているからだ」と教えてくれた。
 そんなもんかと思って聞いていたが、その晩、風呂に入った時、鏡で自分の上半身を見てみたら、大部、体が横に曲がっている事に気がついた。それでピーンと来た。実は今から5,6年前に会社の若いある社員が腰痛がひどいと言うのである評判の良い整体師の所に連れて行った事があるが、その整体師の方はその腰痛の社員を見て、すぐにあなたは体が曲がっているから腰痛になるんだと言った。
 その場で整体して、その社員の腰痛は治った。その事を思い出したのである。私の腰痛の原因はこの体の曲がり、歪みであると思った。それで、連続的に思い出したのが先日、言われた奥さんの一言、「腰痛は腹筋と背筋の弱くなる事によって起こる」という事であった。
 要するに姿勢を真っ直ぐさせないで何となくだらっとしていると腹筋と背筋に力を入れていないから、そこの筋力が衰える、衰えれば更に姿勢が悪くなり、それが腰痛の原因になっていると直感された。

 私はその時から、努めて、姿勢を真っ直ぐにする事にした。そうしたら、今まで何となく無意識で居たときは実に背骨が正面から見て、曲がっていたかという事が分かった。
 それから、中々完全に良くならなかった私の腰痛はめっきり良くなり、昨日の夜はテニススクールで思いっきりサービスの練習をしても、全然痛まなかった。

 私は今回、この様に医者にも行かず、自然と腰痛が治ったが、何故、治ったかと言ったら、そのままにして、自分の中の自ずと治る力に全託したからだと思う。自分で治ると言っても、そこには様々な私以外の人の何気ないアドバイスや一言のお陰があるのであり、それがきっかけで私は自分で自分の腰痛の原因が分かり、自分でこれを治す事が出来たのであるが、それは私の中の自分で治る力が、近所の奥さんとか整体師の言葉となって、私に巡って来たのであると思う。

 要するに吾らは今、そのままで自分で自ずと治る、良くなる力を秘めているのである。それを自覚し、それに任せればいいものを自分の外に救いとか薬を求めるから中々治らないという事になるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-03-04 13:16 | 健康 | Trackback(1) | Comments(3)

アンビリバボーを観て

 ここでも何回か取り上げたが、またテレビ番組「アンビリバボー」の事を書こうと思う。昨日は脊髄損傷で全身麻痺になった女性が奇跡的に回復したというものであった。

 この女性は北海道の小樽の手宮という町に住んでおり、自転車屋を営むごく普通の主婦として幸せな生活を送っていたが、今から13年前に自転車事故で脊髄を損傷し、一命は取り留めたもののそれ以来、全身麻痺になってしまい、口もきけなくなってしまった。言わば意識があるだけで座る事も口を利くことも出来ない寝たきりの状態になってしまったのである。

 しかし、東京などと違って北海道の田舎の人達には近所同士でもお互い人情味溢れるつながりがあり、この主婦の幼なじみであり夫婦同士で近所づきあいしている男性がこの主婦を何とかリハビリで立ち直らせようとするのである。

 しかし、医者は脊髄損傷で全身麻痺になった患者はリハビリのしようがないからあきらめてくれと言うのであった。
 だが、この男性はあきらめず、自分の仕事を休んでこの女性の為につきっきりで懸命に自分で考えた方法でリハビリの訓練をさせて行ったのであった。
 この女性は全身が麻痺していたので立つことはおろか椅子に座る事も出来なかったのでその為に腹筋を鍛える為のリハビリをしていた時に図らずも偶然、今まで出なかった声が何と出るようになったのである。

 そして、その内、自分の力で椅子に座れるようにもなり、遂に自力で立つ事も出来る様になった。
 これは医学の常識を根底から覆す奇跡である。この男性は自分でも言っていたがもし医学的な知識があったら、この女性をリハビリして立ち直らせようなんてしなかったに違いない。なまじ医学的知識が無かったから良かったのである。

 脊髄損傷で全身麻痺になった人で他に俳優のクリスファー・リーブがいる。残念ながら去年、亡くなったが、彼は生前、自分の脊髄を再生させる為にアメリカ国内のバイオテクノロジーの医学的適用に関する規制を緩和する為の運動に携わっていた様だが、この北海道の主婦はそんなバイオテクノロジーの助けを受けなくても自分の頑張りと他の人の深い思いやりによって立ち直ったのである。

 一昔前の医学の常識では脳細胞というものは一度死滅したら二度と再生しないというのが通説になっていた。しかし、数年前にある学者の実験によりこの説は覆され、今では脳細胞も再生するという事が医学界の常識になっているのである。

 私は医学的には造詣が深くないから余り詳しい事は分からないが脳髄というのはとどのつまり、神経の塊ではないかと思う。脳細胞が再生するのなら一度破壊された神経も再生し、つながるという事があるのではないかと思う。そういう理屈で脊髄なども本人があきらめないで一所懸命運動訓練していけば、再生するという事ではないだろうか?
 だから、この主婦も脊髄が損傷していながら立ち直ったのだと思う。

 老人ボケとかも脳の萎縮から起こっているのだから、本人が自分はもう年だからとあきらめずに希望を持って自分の好きな事、使命と感ずる事に一所懸命邁進し、脳を使って行けば、脳細胞が再生して、老人ボケなどもある程度回復するのではないかと思う。

 ちなみに私の父親はもうすぐ満89歳になるが今でも現役のエンジニアとして毎日出社し、頭を使い、精力的に設計開発の仕事をしている。同い年の他の老人と比べるとその脳力において雲泥の差がある。
 人間は自分の可能性を自分で限定しないでどんどん訓練して行けば脳細胞も復活し、かなりの年になっても能力が発揮出来るのである。

堀 浩二
by koujihori | 2006-01-20 08:41 | 健康 | Trackback(1) | Comments(0)

鳥インフルエンザについて

 現在、鳥インフルエンザの流行に関して懸念が表明されており、中国やインドネシアで何人死んだという報道が毎日の様にされている。
 政府も安部官房長官が具体的な対策案を発表し、こういう報道が為されるとさすがに人々も戦々恐々として来るのではないか?

 治療薬にはタミフルという薬が有効だそうでそれの地方自治体の備蓄の割合を引き上げるのどうのこうのと言われている。
 しかし、私は余りに心配し過ぎるのもどうかと思う。人間が生きるのは我(が)の努力でどうこう出来るものではない。人間は基本的に神に生かされているからである。従って、死ぬ運命ならそれを受け入れればいいのであり、生きれるならば、それは神様が自分をこの世界に取ってまだ必要であると判断されたから生かしてくれるのだという風な気持ちでいればいいと思う。

 人間は生きよう生きようとすると返って死の虜になるものである。昔から「生きようと思ったら死ね」「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」「生命を得んと欲するものは却ってこれを失い、生命を捨てようとするものは却ってこれを得る」という言葉がある。

 人間は神に生かされているのであるからそれを絶対に信頼して、自分の生き死には神に全面的にお任せすればよいと思う。
 その上で何となくこれをしたいと思うものがあれば自然にやればよいと思う。それが予防接種などをする事であればそれもいいだろう。
 また、先日細木数子がテレビで言っていたが、現代人は余りに薬漬けになっているので却って抵抗力が無くなっているのだそうである。何かと言えばすぐ薬に頼り、また食べ物でも化学肥料、農薬まみれの野菜、卵等を日常的に食べているといつしか体の抵抗力を失って、癌などにもかかりやすくなるし、伝染病などにも抵抗力を無くして来るのである。

 私は何をどうこうしようとするものではないが今朝、家内に食べ物に関して、出来るだけ有機肥料を使った野菜を買う様に言った。そしてなるべくコンビニとかファーストフードの食べ物を食べないようにしようと思う。


 堀 浩二
by koujihori | 2005-11-22 08:22 | 健康 | Trackback | Comments(0)