カテゴリ:潜在能力( 176 )

自動化の弊害について

 現在、あらゆる所で自動化が進んでいる。トイレにしろ、電灯にしろ。そして最も顕著なのは自動車だろう。新しい車種は自動ブレーキが標準装備されているし、将来は完全な自動運転になるらしい。

 しかし、これは良い様で良くない。高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違え事故はマニュアル車だったら起きていないし、航空機の事故が増えているのも自動操縦が普及した後のパイロットが自動操縦装置が故障した際に昔のパイロットの様に緊急事態に対処出来なくなったからだそうだ。

 鬱病が現在、増えているのも実は自動化が普及した為だ。鬱病というのは脳の病気であり、今の若い人達が生活が便利になって指先を昔ほど使わなくなった為に脳の力が衰えたのが鬱病や引きこもりを招いているのである。

 私もこうやってワープロソフトを使って文章を書いているがこれも最初の数文字入力すれば後はソフトが単語を記憶していてその候補となる単語を提示してくれるのでワンタッチで単語が入力出来るがこれをやっていて自分の手先が不器用になっているのを自覚した。だから現在は一つの単語を入力するのに全てのキーボードを押すというのを面倒でもやっている。それで指先の機能が回復しているのも実感する。

 こういう様に自動化は良い様で良くない。人間は機械に頼りすぎず、ある程度は自分の生の力を日頃から使って行かなくては駄目になってしまう。

 この問題は実は自然破壊にも通じている。三年前のフィリピンのハリケーン、そして最近の中国での台風は台風が以前に比べて格段に大型化されているがこれは温暖化の現れだ。今の状態を放置しておれば人類も生存出来ないだろう。

堀 浩二
by koujihori | 2017-08-25 10:52 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

行き過ぎた自動化と環境問題は同根である。

 最近、自動車産業では自動化の流れがあるがこれは良くない傾向である。

 行き過ぎた自動化が良くないのはそれは人間の本来持っている無限力の訓練の機会を阻害するからである。それは本来神に与えられている生命力を閉ざす事でありそれは自然を大切にしない自然を破壊する現在の環境破壊の問題ともリンクしている。

堀 浩二
by koujihori | 2016-10-21 11:25 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

対人恐怖症は人を悪く思う心があるから

 対人恐怖症というのがあるがこれは相手の完全円満の実相を拝んでいないからそうなる。これは本来は病気ではない。(そういう意味なら全ての病気は本来存在しない。それは全て心の迷いの反映に過ぎない。)

 相手を悪く思う。その心が度重なって潜在意識に溜まる。その心は恐怖心となるのである。それが対人恐怖症である。だから相手を神の子で良い人なんだと思う事が大事でそれを積み重ねれば対人恐怖は消える。

堀 浩二 
by koujihori | 2016-10-13 10:13 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

内なる無限を掘り当てる。

 私はテニスに関してある程度の上達はしたと思う。サービスの技がほぼ完成し、どうやったら得点出来るのかの肝もつかんだ。

 私は15年前に近くのテニスクラブに入り時間を見つけて出来るだけコートでゲームをしている。また毎朝素振りを欠かさない。
 間違った反復練習をその中でしていた事もあるがこうした努力と訓練と研究は決して無駄になっていないと思う。

 大体、努力とか訓練とか研究というのはどこから来るかと言ったら吾々の中にある無限から来る。無限の力や才能が表現したがっている。その力が練習とか研究となって出て来る。
 その中から内側の本物の才能や力が表面に出て来る。それは逆に考えれば内側に無限の宝があるのを掘り当てる作業とも言える。それが研究であり訓練だ。それらが例え間違ったものであってもそれは内なる宝を掘り続ける作業である。そして掘り当てたらそれが上達という訳だ。

 反復練習というのはそれをする事により潜在意識にその動作を刻印する事で自動的にスムースに練習した事が出来て行く事でこれは何かの道に志すものは必ずしなくてはならない。それをする事により内側の宝が顕在化する。しかし、間違ったやり方で反復練習すると間違った動作を憶えてしまう事にもなる。だがそれもやはり、内側の宝を掘り当てる作業なので決して無駄にはならない。
 
 要するにこうやると上手くいかないという経験を得るという事でそれも上達の一歩と言える。

堀 浩二
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by koujihori | 2016-08-17 12:45 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

実相は段階を追って内側から自ずと出て来る。

 私はテニス歴36年だが昨日、やっとまともなサービスを試合中に放つ事が出来た。これはかなり嬉しい事だ。サービスではこのサンプラスの様にトスした腕がトスが終わった後、打つ直前までそのまま立てた状態で残っていなくてはならない。プロや上手い人は皆そうなっている。ところが私はそれがどうしても出来ず、トスしたらすぐ引っ込めていた。これでは身体が開き、決して良いサービスを放つ事は出来ない。
 
 しかし、昨日、練習の時にふとそれを意識してみて、その後のゲームの時に内側から
「トスした左腕をしばらく残せ」と感じ、それをやってみたら、突然出来るようになった。それで身体が開かず、しかも肘も十分に曲げる事が出来、肩、肘、体重移動のサービスの三要素が揃って、会心のサービスを打つ事が出来た。繰り返すがテニスを始めて36年目で初めての事だ。何で今までやろうとしてもどうしても出来なかったのが突然出来るようになったのかと言ったら、他の色々な部分が上達したのでそれと連動して出来る様になったのだと思う。
 
 ともかくものごとの進歩というのは段階を追って内側から自ずと出て来るのでそれは粘り強く、自己の中の無限の可能性を信じて努力を継続する中でのみ出て来るという事だと思う。
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 堀 浩二
by koujihori | 2016-01-12 10:26 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

ブルーピルとレッドピル

 マトリックスの一作目は最高だった(どういう訳か続編は駄作)がそこでモーフィアスがネオにブルーピルとレッドピルのどちらかを選べと迫る部分がある。
 ブルーピルを飲めば、全ての真実を明らかにするがレッドピルなら元の生活に戻るだけだと。ネオはブルーを選び、そして本当の現実の自分(コンピュータによりカプセルに入れられて培養されて栄養素だけ摂られている。)を見出し、そこから解放され、人間を支配しているコンピュータに戦いを挑む戦士になって行く。

 私は父の介護の問題があったのでこの五年間はテニスの試合にエントリーする事が無かったが父が今年の初めに昇天したので、試合に出ない理由が無くなった。しかし、試合にエントリーするというのは正直決断が要った。私は父の送り迎えの為にこの五年は車通勤であった為にただでさえ足腰が弱る50代であるのに尚更、身体がなまっており、公式戦に出るのを最初はためらった。このまま、テニスクラブで気のあった同士、レクリエーションとして楽しいテニスをしていたい気持ちと試合に対して恐怖心があった。
 しかし、私は試合に挑む事を決め、その為に練習試合にも出て、それなりに備えたが本番では予想以上に身体が動かず、惨敗。
 ここで諦めるか再度、鍛え直して挑戦するかの選択が私に迫られた訳だが私は後者を選び、それからと言うもの車通勤を完全に止め、電車バス通勤に切り替え、かつ家から駅までの二キロは徒歩で行っている。そして電車内でも座らないで下半身と平衡感覚を鍛えている。そんな生活がもう二週間以上になるがそれなりの手応えは感じている。

 これは私がテニスの試合に挑む事を選択したからだ。そうでなくて消極的に試合を避け、今まで通りの緩い遊びだけのテニス生活を選択していれば私は鍛える事をせず、相変わらずの車通勤でますます下半身が弱って、晩年には寝たきりになっていたかも知れない。

 これはひとえに自分の選択次第で自分の運命と能力の出方が変わって来るという事であるが、その一番のポイントは
「私が自分の中にある無限の可能性を信じた」からである。 

堀 浩二
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by koujihori | 2015-12-24 10:19 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

得意なものを伸ばそう。

 ところで私は毎日やっているトレーニングが三つある。テニスの素振りと英会話ヒアリング練習と絵画練習要するにクロッキー(短時間でささっと描くデッサン)とデッサン練習。

 私は英会話のヒアリング練習は33歳の時からやっていて今年で22年目になるがこれが一番ものにならない。今でもCNNのキャスターの早口で喋る言葉は中々分からない。しかし、絵画練習はやり始めて半年位だが手前味噌だがこれが素晴らしく上達の手応えを感じる。掲載している絵は今朝描いたものでものの10分位で描いた。

 トレーニングというのは必ず必ず効果がある。心理学的に言うと人間の意識というのは現在意識と潜在意識に分かれていて、現在意識は表面に現れている意識であり、潜在意識と言うのは表面から隠れている意識で無意識の事だがその二つの意識で構成されている。
現在意識は意識全体の5%に過ぎなく、残りの95%は潜在意識。自分の性格とか技量とかはたまた健康状態というのはこの潜在意識により司られているのであって、その潜在意識はどうやって形作られるかと言ったらそれはひとえに現在意識の繰り返しの刷り込みによる。
 だから、現在意識で意識的に集中した練習というのは必ず効果があるのだ。
 
 しかしながら、元々得手不得手というのは人間誰しも生まれついてあるものでまた幼少期にどれだけの訓練をしたかでやはり、得手不得手は分かれる。私の場合は芸術的な事がどちらかというと得手ではなかったかと思う。だから、絵画練習でも割合効果が出るのが早い。
 いくら練習していれば何でも上達するからと言って、自分が不得意なものばかりやっていて中々効果が上がらなかったら気分的に腐って来るだろう。人からも認められなかったりバカにされたりして嫌になる事も。しかし、得意なものをトレーニングによってより伸ばせばその人は自分が先ず嬉しいし、人からも認められ、そうなると気分を良くするから、他の不得意な事もそれにつられて伸びていくと思う。

堀 浩二

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by koujihori | 2014-12-08 11:13 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

能力はトレーニングすれば必ず向上する。

 人間の能力というのはトレーニングすれば必ず向上する。筋力も能力もそして心の強さも。
 出来ないとか能力が無いというのは生まれつきもあるが、トレーニング不足であると言うに過ぎない。だから、ひとえに人間は日々、一瞬一瞬、トレーニングに心がけるべき。

 それは年齢を重ねればより一層大事になって来る。筋力はもちろん、脳力要するに記憶力、判断力も年取ってくれば衰える。若い頃は別段、トレーニングしなくても高いレベルにあったものが年取るとそうは行かない。
 だから、年取ってくれば脳力維持もしくは向上の為のトレーニングは若い頃以上に必要。それをもう歳だからとあきらめてしまうから駄目なのです。

 しかるにここで大事な事は自分の能力を信頼する事。具体的には自分の記憶力、判断力を信頼する事だ。これが無いとそれを使えない。使えなければトレーニングする事は不能。具体的には思い切りの良さが大事である。失敗を恐れる余り、確認ばかりしている様では駄目。
 そんな事を繰り返していれば脳力は使えないし、トレーニングにならないし、又、失敗を恐れる心が血液中に毒素を生じさせ、脳細胞を傷めつけるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2014-11-06 12:48 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

脳の力を100%使うには

 スカーレット・ヨハンソン主演の最近の映画で人間の脳の力は普段は100%使われていないが100%使われたらすごい事になるという内容のものがあるが、この事は昔から言われていて普通の人は30%位しか使われていないというのは有名だ。

 ところで私が思うに人間が脳の力を100%使うには窮地に立たされたり、危機に陥った時だと思う。よく火事場の馬鹿力という言葉があるがそれはそういう事だ。
 いざとなれば人間の潜在能力が出て来る。しかし、普段ののんべんだらりとした甘い環境ではそれは出て来る必要が無いから出て来ない。全力を尽くさなければならないようなもう後が無い状態になった時に初めて出て来る。
 それを生長の家創始者谷口雅春先生著の「生命の実相」第七巻生活編では「背水の陣を敷け」という言葉で出て来る。その中で古代ローマでシーザーが敵地に攻め入る時、そこに乗って来た軍船を自らの手で全部焼き払い自ら退路を断ち、もう進むしかない状態に自分を追い詰めて戦って勝利を手にしたという話を紹介している。

 だから、人生における窮地、それは病気とか家庭苦とか経済苦とか色々あるかも知れないがそういう時にこそ、内にある潜在能力を喚起する時であるとも言える。

 後、人と関わる事だ。記憶なんかでも人との会話の中で自然に出て来る事が多いし、スポーツ選手が素晴らしい能力を発揮して技量が上がっていくのも対戦相手と試合している時だ。

堀 浩二
by koujihori | 2014-07-10 12:08 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

吾々は今、完全円満、無限力である。

 生長の家の教えは「人間は神の子であり、完全円満であり、無限力である。その本当の姿、即ち実相を自覚すればその自覚の展開である現象世界にその完全円満さが徐々に現れて来る。」というものである。

 実相世界というのは現象の奥にある世界であり、それが本当に存在する世界である。それは神が創造された宇宙に満ち満ちている完全円満の世界であり、そこに住む実相の人間は完全円満、無限力である。それはこれからそうなるというのではなく、たった今そうなのである。

 そして、それを吾々が認めればそれが現象的に出て来る。それは徐々に出て来る。その過程が吾々の無限生長である。

 従って、現象が如何に不完全であってもそんな事は取るに足らない事である。それは過去の自分の自覚が不完全であった名残に過ぎない。現象が如何なる状態であろうとも「現象は存在しない。今、自分は完全円満であり、無限力である。」と自覚する時、初めてその力を行使する事が出来、その繰り返しが段々と潜在意識に蓄積し、それが徐々に肉体にも影響が出て来て、肉体的に現象的にその健全さが徐々に出て来るのである。
 現象は百%心の影であり、具体的に存在しない。だから現象が如何なる状態であっても自分の完全円満さを自覚して力を使って行けば将来的に徐々に完全円満さが出て来る。

 だから、もう駄目という事は決して無いのである。

堀 浩二
by koujihori | 2013-11-14 12:39 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)