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ふじみ野市のプール事故について

 今週の月曜日、埼玉県ふじみ野市の市営プールで、小学2年生の女児が流れるプールの吸水口に吸い込まれ、死亡した事件だが、私は怒りを抑える事が出来ない。
 こんなのは事故ではなく、プールの管理者に殺された様なものだからだ。流れるプールは強力な水ポンプで水を吸引し、水の流れを作っている様だが、その吸入口の一つがフェンスが外れており、そこにこの女児は吸い込まれて、命を落としたのである。これは言うまでもなく完全な人災である。

 何故、こんな事になってしまうのだろうか?報道によれば、吸入口のフェンスが外れていた事は事故直前に客の一人から監視員に知らされており、監視員は声で吸入口には近づかない様に客に声を掛けたというが、その直後、事故が起きたらしい。何でもこの女児は潜っていたから監視員の注意が聞こえなかったのではないかという事だが、そんなのは理由にはならないだろう。 
 本来ならすぐにでもポンプを止めるか、客を全員、プールから出すか、それともその吸入口の真ん前に監視員の一人でも立っていたら、いくらでもこの事故を防げたはずである。何とも表現のしようのない無策ぶりである。
 近頃の日本ではこの様に業者による過失致死事故が余りにも多い。パロマの湯沸かし器の不完全燃焼による死亡事故もそうだし、シンドラー社のエレベーターによる死亡事故、また数年前の六本木ヒルズの自動回転ドアによる男児の死亡事故等々。

 これは人命よりも金儲けを優先する金儲け第一主義の弊害でもあり、また、人の生命を守る為に今、何を第一にして行動すべきかという覚悟の欠如が原因であろう。
 私は人命という一番大切なものを守る為に今、何を第一になすべきかという判断力、決断力、そして実行力が今の日本人全体に欠落しているのではないかと思う。それは生命体なら当然持っているはずの自己防衛本能である。
 生命体は自然の抵抗力というものがあり、仮にばい菌が傷口から入ったらそれを排除しようという働きがある。それが生命力というものである。だから、国家というものも大きな生命体であるから当然、ある程度の適当な防衛力といざとなればそれを行使する意志を持たなくてはならない。そうでなければまともな外交も出来ず、諸外国からなめられてしまい、自国民を拉致されても、ミサイルを撃たれても、そうした相手国に対して、毅然とした態度には出れないのである。
 国全体がそんなだから、国民も同様に生命という一番大事なものを維持する為に何を今、第一に行動しなくてはならないかという当たり前の生命体の抵抗力みたいなものが働かないのだと思う。

 それは一重に自己の生命の実相をきちんと自覚していない人達が多いからだと思う。自己の生命の実相を自覚していなければ、本来我々が持っている内部の生命の自己防衛本能、抵抗力もきちんとまともに働かないのである。

 それともう一つ、責任の所在というものが今度の事故の場合、どこにあるかという事が極めて不明瞭である。市営プールであるからその責任は市にあるのかも知れない。そうなると大元の責任者は市長という事になろう。だからこそ市長は翌日すぐに記者会見を開き、謝罪した様だが、この市長はもちろんのこと、市のこのプールの担当者も実際にこのプールでの管理体制、状況というものを一切、把握していなかったのである。
 それは何故かという言うと、プールの運営、管理業務は民間会社への委託、即ち今はやりの丸投げにされていたからである。丸投げだから丸投げした市の方は全然、その実態を把握していないのである。そして、今回は何とその丸投げされた会社がまたもその業務を他の管理会社に丸投げするという二重の丸投げが行われていた様である。

 こんな状況では管理はずさんにならざるを得ない。要するに責任者、中心者が完全に抜け落ちた状況であったのである。責任の所在の無い仕事は確実に穴が出来る。そんな所から今回の悲惨な事故は起きたのである。

 これはやはり、ものの道理即ち真理を知らない、解しない愚かな人達が起こした事である。組織というものは中心がきちっとしており、全ての責任はその中心者にあり、その中心者はその組織における業務は人にやらせるにしてもその内容に関しては私は知りませんなんて事は赦されず、きちっと把握、管理していなければならないのである。

最後に今回、犠牲になった戸丸瑛梨香ちゃんのご冥福を心からお祈り致します。

堀 浩二
by koujihori | 2006-08-03 10:05 | 時事問題 | Trackback(1) | Comments(0)

神風

 昨日、ライブドアのホリエモンこと堀江貴文社長が証券取引法違反容疑で逮捕された。彼らは法律に触れなければ、金儲けの為には何をやってもよいという考え方だった様で法の盲点をついて、株式時間外取引等ゲリラ的な手法で買収工作を繰り返し、また近鉄バッファローズ買収に名乗りを上げたり、その他様々な派手な話題を世間に提供して、自社の株価の時価総額をつりあげてあぶく銭を手にしてきた。だが、今月16日に東京地検の強制捜査を受け、ついに昨日夜逮捕された。

 私は彼らのやり方、即ち法に触れなければ金儲けの為にどんな事をやっても赦されるという考え方自体がおかしいと思っていたし、そんな事ではいつかは破綻するのは分かっていたが、こんなに早くその結果が出て来るとは正直思っていなかった。

 周りの側近は別としてホリエモン自体は私の推測では本当に自分達のやって来た事は法律違反すれすれのきわどいやり方ではあるが法には触れないと思っていたのではないかと思う。
 だから、法に対する無知が今回の墓穴を掘ったのではないかと思うが、そんな事は私は問題ではないと思う。そもそも富というのは生長の家の教えにある通り、それは人の為になる働きが形になったものである。それはその人がこのアイデア、この働きで何とか価値あるものを創造したい、社会の為に役立てたいという思いからコツコツと血と汗をにじませて努力する中からそれぞれの工夫を凝らして、価値あるものが出来上がり、それが社会の人々の為になった時、それが結果として収入という事になるのである。
 企業価値というものは社員達のそうした地道な毎日の働きが製品やサービスに現れ、その事により伸びて行くのであって、それによりその会社の株価が上がり、時価総額も上がって行くのが本来の姿である。

 ホリエモンみたいなうわべのパフォーマンスと人としてのルールを逸脱したようなやり方で自社の時価総額をつりあげて一時の富を得てもそんなものは砂上の楼閣であり、正にあぶく銭なのである。そして本人は法の網をくぐっているつもりがやはり彼のやり方は証券取引法では違反という事で引っ掛かって今回の結末を迎えたのだと思う。

 私は今回の事は日本社会に取って、本当に良かったと思う。これは社会に対する一大教訓であり、教育であると思う。ちょっと頭のいい人間が人と社会をなめ、適当にずるがしこい事をしていれば、富が来るんだという考えが如何に間違ったものであるかという事を世間はこれでよく分かったのではないかと思う。

 そして、こんな彼をかついで選挙に利用した小泉自民党が現在、BSE問題、マンション耐震強度偽装問題の併せてトリプルパンチで窮地に陥っているがこれも私は日本に取っていい事だと思う。
 小泉自民党は先の衆議院選挙でホリエモンを支持し、人寄せパンダに使い、選挙圧勝に一役も二役もかわせたが、それが如何に浅はかな表面的なものであったかという事が今回、露呈した。
 そして、マンション耐震強度偽装問題は小泉自民党の進める改革というもの、即ち何でもかんでも民営化という方向性が起こした落ち度であり、また、アメリカからの輸入牛肉が危険部位の背骨を含んでいた事が発見され、輸入再開わずか一ヶ月で輸入停止になった問題も、こんな事は事前に充分予想された事であったに拘わらず国民の健康よりもアメリカとの政治的関わりを重視して輸入再開したのであり、これらの諸問題が一気に露呈し、小泉自民党が如何に国民を籠絡し、表面的な政治運営をして来たかという事が白日の下にさらされたのである。

 私はこれら一連の動きが日本を救う「神風」になり、これを契機に我が日本国の本来の姿が現れてくれる事を願っている。

堀 浩二
by koujihori | 2006-01-24 08:36 | 時事問題 | Trackback(13) | Comments(0)

便利さへの疑問

 我が家は私が映画好きで、スポーツ好きであるのでその手の番組ばかりを放送しているWOWWOWという有料テレビに申し込んで観ている。
 
 それで先日、そのWOWWOWで「ハリー・ポッター アズガバンの囚人」という映画を観ていた。私は集中して観ていたが、家族の者はその横で何となく他の本を読んでいたり、適当に過ごしていた。
 私はその時、こんな事は二十年前には無かった事だと思った。というのは映画が映画館でロードショー公開されてからそれが後に「日曜映画劇場」とか「金曜ロードショー」などのテレビ番組で放送されるのはその二、三年後でその時はあの有名な大作映画がテレビで観られると家族みんなでテレビにかじりついて悦んで観たものである。

 でもその後のレンタルビデオの出現、そして現在はレンタルしなくても殆どどんな映画でも1,000円から1,500円位でDVDを購入すれば自分の好きな映画が観れるという状況になって来ていて、先に述べた「ハリー・ポッター」などは映画館で公開されてからまだ一年にも満たない作品なのにもうテレビで観られるのである。
 昔は映画というのは本当にわくわくして観たものである。でも、それがビデオとかDVDとかWOWWOWとか便利なものが沢山出て来て、ちょっと前に公開された映画でも割合自宅で手軽に観れるという事になって、映画に対するときめきというかわくわくした心が庶民の間で薄れて来ていると思う。

 技術的な事が進歩して生活が便利になったからと言って、また物質的に豊かになったからと言って、人間が幸せになったとはどうしても思えないのである。
 私が子供の頃の昭和三十年代、四十年代には現在の様にインターネットもメールも携帯もパソコンもDVDも何も無かったし、ものが有り余っている社会でも無かったが現在の日本よりも遙かに毎日の生活が生き生きとして殆どの日本人は未来に対して希望に満ちた生活を送っていたような気がする。
 昭和三十三年当時の日本の庶民の生活を描いた映画「オールウェイズ」が今、話題を呼んでいるがその当時の貧しくとも人々の心がまだ温かかった日本に対する郷愁を多くの人達が私同様感じているのではないか?

 前述の様に最新の映画がどんどん自宅のテレビで観れるようになり、家に何台もテレビや車がある家が珍しくなくなり、携帯もパソコンもインターネットも普及し、カードで何でも買える様になっている一方、毎日の様に目を覆いたくなるような異常な事件の頻発、親が子を虐待し、子が親を見下している様な事態が世間を蔽っている。
 生活がテクノロジーの進歩により便利になり、物資が豊かに有り余る様になったからと言って、それが決して人間の幸福につながってはいないのである。

 人間の幸福とは物質の豊かさにあるのではなくて、我々人間自身の心の中にあるのである。貧しくとも家族お互い思い合う心、小さきもの弱いものに対して、思いやりと愛情を注ぐ心、そしてそれに感謝出来る心、そして自然と神様に信頼して感謝出来る心、これらの純朴な人間の心の幸福の中にこそ真の幸福がある。

 それを自覚し、物資を無駄遣いする事を止め、物資が少ない状況でも感謝出来る様になれば我々は今すぐ幸福になり、そして資源の無駄遣いを自ずと自粛する様になり環境も破壊しないようになれると思う。

堀 浩二
by koujihori | 2005-12-12 08:46 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

自己決定の時代

 現在の日本及び世界を取り巻く環境はある意味、非常に難しいものになって来ている。要するに科学技術の進歩が過剰とも言えるほど顕著であり、バイオテクノロジーの発達により、クローン人間の生まれる可能性の他、己の弱った臓器をいくらでも再生出来る技術の実現ももうすぐそこまで来ている。

 その他、環境破壊の問題もあり、人間の裁量一つで地球上の動植物の存亡が左右される事態となって来た。
 また青少年の間ではテレビゲーム、携帯電話の普及が当たり前になり、それにより昔の子供の様に自然の中で遊んだりする事で培われる感性であるとか、本物の人間とか動物と相対する事により学べる相手への思いやりとかを学ぶ機会が損なわれて来ていると思う。
  
 こうした状況下ではただ流されるままに周りがそうするからそうするという生活態度で生きておればどうしても人間として本来持っている当たり前の道徳性とか感性とかが消失して行くと思うのである。
 テレビゲームと携帯ばかりに没頭して本当の生の人間を知らない子供、自分の目先の利益の為に経済活動を第一にして環境を破壊して結局、おのれの首を締めて行く大人やどこかの国の政府、そして、おのれの親として子供を持ちたいという欲望を満足させて、将来の子供の事を考えない親によるバイオテクノロジーの乱用、また、自分の肉体をただ長持ちさせたいだけの肉体生命という物質に対する固執で自分の臓器を次々と人工的に作って行って、不自然に長生きする老人達。

 現在の流れにただ無批判に乗っかって行くだけならこんな人間になってしまうのである。こうした時、おのれの中に真の理性を見出し、自己決定力をきちんと確立させて、正しい道にかなった事、生き方を自分自ら選んで行く以外、この科学技術が過剰に発達するこの現代社会、そしてますますその傾向が強まるであろう来る未来社会においてまっとうに生きる事は出来ないのである。

 そういう意味ではこれから人類の二極化が進んで行くかも知れない

堀 浩二
by koujihori | 2005-10-27 12:33 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

政治家と信仰

 今回、郵政民営化法案が衆議院において賛成多数で議決され、小泉首相の念願通り、郵政民営化法案が遂に施行される事になったが、その中で先の国会で法案に反対した議員が今回はその大部分が賛成に回った。

 賛成に回った議員曰く、「民意を尊重した。」という事だが、それが余りにも見苦しい政治的信念に欠けた保身的行為であるという事は誰が見ても明らかであろう。

 しかし、そんな中、敢然とその信念を曲げなかった議員がいる。それは平沼赳夫元経済産業大臣である。詳しい事は今週の週刊文春に掲載されているから興味のある方は是非ご一読をお勧めする。
 今回、自民党執行部では平沼氏の様に法案反対を最後まで貫いた議員に対しては除名処分という政治家としては一番厳しい処置をするのは明白である。それを誰もが分かっているから、前回の国会で法案に反対した議員も本意を翻して賛成に回ったのである。
 平沼氏は拉致問題他、日本人の生命と財産と誇りを守る為に重要な役割と使命があると言われている政治家で次期首相候補にもなっている。
 今回の国会の法案議決選挙でも周りから「あなたは他に大事な政治的使命があるから、ここは一つ賛成票を投じて、後々の日本の為に生き残った方がいい」と説得された様だが氏は次期首相というその栄えある将来をかなぐり捨て断固として己の信念を貫き、反対票を投じたのである。

 この世界は実は物質の世界ではなく、我々の心が映し出す世界であるから、道に外れた事をしてずるい事をして、一時的に栄えても、長期的に見れば、その者は必ず滅びて行くのである。
 しかし、例え除名、打ち首になっても己の信念を貫き、本当に民の為、国の為に殉ずる者はその功績は世代を超えて讃えられるのである。坂本龍馬しかり、吉田松陰しかりである。

 私は平沼氏の様な政治家は現在はその政治的生命を絶たれてもその信念と行動は後世で高く評価されると思う。そして、その意思を受け継いで行く人間は必ず現れる。

 ところで平沼氏のこの強い信念はどこから来るかと言うことであるが、別にここで生長の家の宣伝をするつもりはないが、氏は生長の家の信仰を持っている。自分は若い頃、生長の家創始者谷口雅春氏著作の「生命の実相」を読んで、その影響を強く受けたとはっきりとテレビで表明したのである。
 私は政治団体と宗教団体が結託するのは良くないと思っている。お互い批判が出来なくなり、段々とお互いが堕落して行くからであり、また宗教団体が国政に口を出すなどもっての他である。その弊害は織田信長の時代に延暦寺の僧が政治に口を出して世の中が乱れた事が歴史の教訓として残っている。

 だが、政治家が正しい信条を貫く為にはしっかりした信仰を個人的に持つ事は大変重要である。今回の郵政民営化法案可決の件で多くの反対派議員が賛成に回ったのは内心はこの法案が真に国民の為にならないという考えがありながら、自分が除名される事を恐れての事である。
 要するに政治的には死を意味する除名がされては自分はもう駄目だと思ったから賛成に回ったのである。

 それに対して平沼氏は除名即ち、政治家としての死を恐れなかった。これは自分が死んでも必ずその政治的信念は誰かが受け継いでくれる、自分は永遠不滅の生命を持っているから殺されても大丈夫だという信仰があったからだと思う。これが平沼氏と他の議員との決定的な差なのである。

堀 浩二
 
by koujihori | 2005-10-21 12:57 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

楽天のTBS株取得に思うこと

 楽天がTBS株の15.46%を取得し、三木谷浩史社長がTBS側に経営統合を申し入れているという報道がされている。

 これは以前のニッポン放送株大量取得により、フジテレビを実効支配しようとしたライブドア社長ホリエモンこと堀江貴文氏と似たようなケースであるが先日も報道されたばかりで現在の進行中の村上世彰氏率いる村上ファンドなる投資ファンド会社による阪神電鉄株大量取得の件もあり、こうしたインターネット関連の事業で財を成したインターネット長者や投資ファンド会社などの金満家による企業の敵対的買収が日本社会で頻発する様になって来た。

 こうした敵対的買収(ハゲタカファンドなどがある企業の株をその資金力にものを言わせて大量取得し、その会社を実効支配し、事実上その会社を乗っ取ろうというもの。)は資本主義の権化のアメリカ社会では通常行われて来た事であり、会社は株主のものであるという非常にドライな考え方である。
 資本主義社会における株式会社というものは突き詰めていけば理論的にはそういうものであろうが、人と人との共同体というものを大事にしてきた日本社会ではそういうえげつない事を発想する人間は今まで出なかった。
 ところが日本が今から13年前にバブルがはじけて以来、体力の弱った企業、銀行を外資ハゲタカファンドが安く買いたたき、それを付加価値を高める事により利益を上げるという事が出て来た。
 その中でホリエモンという「時代の寵児」が出て来て、去年、経営不振によりオリックスと合併すると発表していた近鉄バッファローズを是非買いたいという事で日本のプロ野球界に殴り込みを掛けてきた。私もこの時点では日本プロ野球界を救う救世主としてホリエモンを讃えていた。

 しかし、その後のフジテレビの件、そして、現在進行中の阪神電鉄、TBSの件などで彼らホリエモン、村上氏、三木谷氏などのやり方をみていると金の力にものを言わせて、ひたすら金儲けに走るという拝金主義に思えてならない。
 先日の衆院選挙で郵政民営化を掲げた小泉自民党は大勝したが、「官から民へ」と何でもかんでも民営化することが至上の善みたいな価値観は全ての事業を資本主義の元に置くという事である。
 資本主義の本質とは何か。それは利潤追求である。ズバリ言い換えればそれは「金儲け」なのである。全ての事業を資本主義の元に置くというのは「金儲け」を至上の価値とすることである。
 日本は正にその方向に向かってまっしぐらに進んでいる様に思われる。しかし、資本主義が過度に発達する社会は富裕層と貧困層がくっきり分かれるということである。いわゆる「勝ち組」と「負け組」ということであるが、富んでいる者はますます富み、贅沢な暮らしをし、弱者、負け組は社会から切り捨てられて行く。

 そういう流れの中の非常に象徴的な事件として、現在の三木谷氏、村上氏、ホリエモンの買収騒ぎがあると思う。
 今までの日本は共同体を大事にし、お互い、強者が弱者をかばい、その足らざるを融通し合い、助け合ってきた。今やその日本の美徳は失われようとしており、資本主義のドライな考え方の元、強者が弱者を食い物にしようとする社会が実現しようとしているのではないか?

 資本主義というのは利潤追求が目的であり、利潤追求とは金儲けの事である。それは至上の価値を金に求めるという事であり、そういうのを拝金主義というのである。
 人間は生きていく為には自らの行動指針が必要である。自分自身のコア(核)が必ず必要なのである。そのコアなる行動指針が正しい信仰に基づいたもの、自分の中に完全円満の神なる基準があるというものであるなら、良いがそれがないと金とか物に価値を置く拝金主義にならざるを得ないのである。
 そうなると人は自分の物質的利益のみ追求し、お互いの思いやりの精神は失われ、公に殉ずる潔い心意気は薄れて行き、弱者をいたわる心も消失して、どんどん堕落して行くのである。
 
 アメリカの金儲けの資本主義のシステムをアメリカの利潤の為に世界中に拡げようというのが所謂グローバルスタンダードである。それを全面的に受け入れたのが小泉首相と竹中大臣である。その思想の元に郵政民営化という戦略があり、それにより300兆円と言われる郵便貯金はアメリカの外資にどんどん流れ、アメリカのグローバルスタンダードに寄与するであろう。

 しかし、そうした拝金主義はどこから来るかと言ったら、人々が自分の中に金以上の価値を見出していないからである。我らは今こそ、金以上の価値、完全円満なる神という価値を自らの中に見出して行かなくてはならないと思う。
 そういう事がグローバルスタンダード(国際基準)になって行くなら世界に真の繁栄と平和が来るのである。

 堀 浩二
by koujihori | 2005-10-14 12:13 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

選挙結果で感じたこと

 日本人の国民性を現すのにこんな例え話がある。
 日本という国を大きな船に例えれば、船の甲板上に居る日本国民の大勢は誰かのかけ声に従って、一度に右か左に偏って移動し、真ん中に自らの意思に従ってとどまろうという人間が少ない為に船全体が大きく、右に傾いたり、左に傾いたりする事が多いのだと言う。
 確かに大東亜戦争(太平洋戦争)前夜からその終結に至るまでの日本は正に大きく、右に傾いていたのであり、終結からその後、十数年はまたその正反対の左へ大きく傾いた部分もあった様である。

 私は日本人の全てがこんなものだとは思わないし、この説を全面的に支持している訳でもないが、今回の衆院選挙の結果を見るにつけ、そうした一面も否定出来ないなと思った。
 総選挙というのは本来は国勢を左右し、国の運命を決めるはずのものであるから、各党、各候補の今までの総実績とその掲げた政策の全てによって、投票の判断がされるべきであろう。しかるに今回は小泉首相の掲げた郵政民営化に賛成か反対かという決断のみ迫るようなやり方により、国民は一種の催眠術にかかったように今までの小泉政権のやって来た事、そして郵政民営化後の日本がその他色々な面でどうなるかという事に対して殆どその思考を停止させてしまったのではないかと思える程、単純に自民党公認候補に投票してしまったのではないかと思われる。
 今まで何回も書いたが、日本の国には郵政民営化などという事より大事な懸案が幾つもあり、選挙の争点でそれらを殆ど無視、埋没化させて反対派を駆逐し、自分の周りにはイエスマンだけ置き、そして本来なら当選するはずもない実績も力もないような国会議員を多く生み出させた小泉首相のやり方は日本がこれから本当に重要な懸案に向かうのに著しくその国力を削いだのではないかと思う。
 反対派として今回、駆逐された人達の中には郵政民営化以外の懸案を解決するのに大変、有力な力を発揮し、日本国と日本国民の為に重要な役割を果たした人達も沢山いたかも知れないからである。

 私は今回の選挙結果のつけが今後、我が国の外交、内政その他もろもろの懸案事項において回って来ない事を祈る。

堀 浩二
by koujihori | 2005-09-15 12:26 | 時事問題 | Trackback | Comments(8)

選挙について

 今度の日曜日、9月11日に衆議院選挙が行われる。今回ほど一般大衆の目には争点が分かり易い選挙もないだろう。「郵政民営化賛成か反対か」だけなのだから。
 そして、大方の人は賛成か反対かと聞かれれば「賛成」と言うに決まっている。今度の選挙は国民の関心が高く、この分だと投票率も高いだろうから、おそらく自民党は勝利すると思う。
しかし、私は今回の郵政民営化法案参議院否決、衆院解散、総選挙の流れを眉につばをつけて見ている。国民をトリックにかける非常に単純な小泉劇場を観ているような気がするのである。

 これは正に衆愚政治ではないのか?国民に取って、耳当たりの良い、無駄な公共事業の廃止、郵政民営化して経営の効率化、それを支える為の税金の無駄遣い廃止、300兆円と言われる郵便貯金の資金を民間に有効に使われるようにする等々のお題目は確かに有効であり、それで日本が旧態依然とした官僚国家に終止符を打ち、民間の為の真の民主的社会が到来する様に感じさせるのには充分である。

 しかし、よく考えて欲しい。郵政民営化なんて事にかまけている以上に大事な問題が現在の日本には山積しているのではないだろうか?識者に言わせれば一番に取り組まなくてはならないことは年金問題でその次に医療保険制度だそうである。そして、争点の郵政民営化に関しても、前掲に掲げたメリットがあるようでその実、国家による公共事業は確かに必要であり、その為の郵便貯金のお金は大切な資金源になるという見方もある。
 そして前回のブログでも触れたが、拉致問題、対北朝鮮問題、対中国問題等、内憂外患が現在の日本はひしめいているのである。小泉内閣はこれらの重要懸案では殆ど成果を上げていない。私はそれをよく覚えている。拉致問題であれだけ伸展があったじゃないかと言うかも知れないがあれはアメリカの圧力による世界的流れでああなったのである。
 小泉首相はこれらの内政、外交の失点で段々支持率が下がってきたのを郵政民営化という国民に取って聞こえの良い問題にすり替えて、人気挽回を図ろうとしているだけではないのか?

 今日のニュースでホリエモンこと堀江貴文ライブドア社長が「象徴天皇に違和感」と発現したことが報道されている。それによれば憲法の象徴天皇に違和感を感じ、いっそのこと日本は大統領制にしたらいい、その方が効率的だと言明したそうである。これはとんでもない大馬鹿者の言うことである。彼は「結局、世の中金」とかほざいているそうだが、私の見る所によるとこの男は唯物論者であり、物質的、表面的な繁栄を手っ取り早く、効率主義、技術万能主義で実現させて行けば、日本の伝統とか文化とか人情とかというものは唾棄してもよいと思っているようである。

 私は小泉首相も殆ど同様ではないかと思っている。この人は内政外交で殆ど成果を上げていないが、日本の大事な部分を破壊する行為はこの四年間で重ねてきたと思う。度重なる大銀行の合併、地方自治体の合併は没個性化、合併にかかる無駄なコスト、細かいサービスの低下等、殆どデメリットばかりが指摘され、また大店舗ばかりが繁栄し、町の個人商店がそれに押されて、廃業倒産に追い込まれている現状は多様性の否定、そして弱者、庶民切り捨て、大企業、金持ちばかりが優遇され、繁栄する社会ではないのか。

 私は政治は愛であり、本当の神様に対する信仰が基盤になっていなくてはならないと思う。
 神様は全宇宙に拡がっていて、全ての生きとし生けるものの中にあるのであるから、神様の御心に中心帰一していく政治をする所、それは真に民の為になり、真に民に愛情を注ぐ政治になると思う。それは時に国民に取って、理解が得られない事もあるかも知れないがそれを断じて行うことが国民の為になると思って断行するのである。
 それが真の民主主義である。国民に取って、一見聞こえが良い政策、公約を掲げ、それで支持を取り付けて、その実、本当に国民に取って必要で為になる政策を実行しようとしないのは衆愚政治であり、民主主義とは言わないのである。

 あの大東亜戦争(太平洋戦争)突入時、朝日新聞を始めとした報道機関により、鬼畜米英の悪感情をたぎらせたのは正に日本国民であり、その圧倒的支持の元、日本は開戦に踏み切ったのであり、そうした国民のうわべの声に迎合し、戦争に突入していったのは当時の東条内閣である。

堀 浩二
by koujihori | 2005-09-07 13:00 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

小泉首相のやり方について

郵政民営化がどれほど重要か分からない。確かにメリットはあるだろう。しかし、デメリットもあるという指摘もある。何でもかんでも民営化して資本主義の元にさらすというのは確かに経営は効率化され、組織もスリムになるだろう。しかし、資本主義の元におかれるということは、資本主義の第一原則は利潤追求であるから、即ち金儲け第一主義になるということである。
 そうなると肝心な点が見落とされるのではないか?郵便事業ではそんな心配はないが業種によっては人命を第一するとかそうしたことが抜ける恐れもあると思う。JR福知山線のあの大惨事は国鉄が民営化されていなければ起こらなかったし、数年前のアメリカの大停電が長期間に渡って復旧しなかったのも電気会社が民営化され、余りに組織が細かく分断され、縦割りになっている為に横の連携が取れなかった為である。
 
 私は政治や経済の専門家ではないので今回の郵政民営化の是非をここで論ずる資格はないが、しかし、この一点の政策を通す為に自分の反対陣営の人達を切って捨て、そしてお互い相戦わせるなんていうのはいかがなものか。
 小泉首相は人間としての暖かみとか情愛という部分に欠けているのではないか。多くの人を赦し、抱えるリーダーとしての器量がないのではないかと思う。私はこのようなやり方は自分のお気に入りの人間、所謂、ごますりしかしてこない茶坊主のみを自分の周囲に置き、それ以外の人間を切り捨てていく典型的な独裁者の様相を呈していると思う。
 組織の中には色々な意見、個性を持っている人がいるのであり、自分に合わない者を全部切り捨てていては到底よい組織、よい国にはならないのである。
 こういうやり方は色々な人のいい面を切り捨てることになるので大変残念だと思う。彼は独裁者的であり、その手法は独裁者の用いる恐怖政治である。リーダーというのは懐深く、色々な人の長所を伸ばし、相容れない所はそれを受け取り、包容する位の度量がなくてはならないと思う。

 小泉首相は就任当初、自民党をぶっ壊すとか言っていたが、今回、本当にぶっ壊すことになったわけだが、私が思うにこの人は唯物的で表面の効率に気を奪われて、日本の無駄もあるがそうした効率で割り切れない大事なもの、文化を大部、それこそぶっ壊しているような気がするのである。

 大きな駐車場付きの大店舗というのが酒類、本屋から家電製品まで今では当たり前になってしまったが、それで昔からの町の個人商店がどれだけ寂れていっていることか。
 その他、地方自治体の合併、銀行の合併などそれは元々日本人が持っていたきめ細かい地元のつながり、共同体というものを効率第一の考えで破壊していっているような気がするのである。

 私は今回の選挙は恐らく、小泉首相率いる自民党は大勝すると思う。郵政民営化の是非を問われれば、行革が大事だと思っている大部分の国民から支持を集められるのは火を見るより明らかであるからである。小泉首相もその辺の所はちゃんと計算して衆院解散総選挙に踏み切ったはずである。
 彼は大衆の心を読むのが非常にうまい。ワンフレーズポリティシャンと言われ、大衆受けするパフォーマンスに長けているのである。しかし、あのかつてのドイツのヒトラーも全く同様であり、その一流の演説術から当時のドイツの大衆の心をつかんでいったのであるが、その後のドイツの運命は周知の事である。

 真の民主主義は国民の本当の声に耳を傾けて、その声を積極的に採り入れる事であるが、民主主義とよく似ているが衆愚政治というものは民衆の本当の事に耳を傾けるのではなく、如何に表面的に民衆受けするかということを考え、その為の詐術を弄して、民衆をだまし、民衆をミスリードするのである。

堀 浩二
by koujihori | 2005-08-19 12:57 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)

政治家について

 私は政治には大いに興味がある。それはやはり、彼らの政策が国と世界の流れの大勢を決めるからである。だから、政治家の方々には大いに自覚を持って政治活動をしてもらいたいものである。

 しかし、聞くところによると政治家は頭の中の八割方は選挙の事を考えているそうである。それではいい政治など出来るはずがない。政治家は国民の生命と財産を守る責任があり、いい政治をしてもらわないと困るのである。それには選挙対策なんてことではなく、本当に国民の為になる政治をする為にはどうしたらいいかということをそれこそ頭の中の八割方考えていなくてはならないのである。

 古代ギリシャの哲学者プラトンの唱えた哲人政治というものがあるが、これは哲学、真理を究めた人間、いわば最も道理の分かった哲人こそが政治に携わるべきだという考え方であり、そうした賢人が政治をすれば、素晴らしい政治が為されるのであるということを言っている。
 しかし、現実は既に書いたように自分が次に選挙に当選出来るかどうかということの心配にその精神活動の殆どが割かれているような状態が現在の日本の国の政治家の実態なのである。

 それは今まで聖職と言われて来た職業というものが無くなって、皆サラリーマンの様になって来ている所に関係があるのではないかと私は思う。つまり、教師や医者は本来は聖職であり、労働者としての権利とか何とかを唱える前に自分の生命は教え子や患者に捧げるというような覚悟の元にその任務、職責を全うすべきものではないかと思うのである。
だから、そういう職業は労働ではなくて聖なる職業、聖職と呼ぶにふさわしいのである。

 しかし、現在は医者とか教師達は自分達がそうした聖なる職業についているという高い自覚を失い、自分達を単なる労働者、即ち人から言われた事を機械的にこなしていくだけの半分機械のような存在に過ぎないという感覚にまで堕してしまい、聖職という言葉は殆ど死語になり、自分の身を投げ打って、人のために尽くす気風、気高さを教師や医者達は失ってしまった。
 それはとりもなおさず、彼らが自分達が神聖なるものであるという自覚、誇り即ち神の子であるという自覚が欠落して、自分達をただの物質の塊であるという堕落した人間観、認識しか持たなくなって来ているからであると思う。
 政治家も同様である。自らの保身、党利党略の事ばかりが先行し、国民の為に身を投げ打ち、国のために自らの生命を捧げるという覚悟を持った政治家がどれほどいるであろうか。

 もちろん、政治の世界を生きて行く為には清濁併せのむということも必要である。しかし、それは小さな善にとらわれるな、自らの度量を広く、深く持てということで自らの政治理念を放棄して、党利党略、保身の為に汚い裏工作に明け暮れるということではない。
 本当に国民の為を思い、国とそして世界全体の平和の為に何が必要かということを常に考え、そして実行して行く政治家が政治をやって行かないと環境問題にしろ、国際紛争の問題にしろ、テロの問題にしろ解決することはない。だから、本当に政治は大事なのである。

 それならどうしたら立派な政治家になれるかと言ったら、それはまず、自分の利益、保身を二の次にする覚悟を持つことである。そして、国民と国と世界人類の為にどういう政治をしたらいいか真剣に考え、それを実行する為に自分の生命を捧げる覚悟を持つことである。

 その為には一番大事な事は正しい信仰を持つ、あるいはそれを持とうという努力をすることである。正しい信仰とは自分は死んでも死なない肉体を超えた神の生命そのものであるという信仰であり、この世界はこの不完全な現象の奥に素晴らしい完全円満な神の国があるという信仰であり、そして、全ての宗教の神髄は本来共通しているという信仰である。
 正しい信仰ではなく、間違った信仰例えば、アメリカの政治家の様にキリスト教原理主義みたいなキリスト教のみが尊いとかと言った他宗排斥の信仰であれば、それが先のイラク戦争の様に戦争の原因になり却って良くないが、正しい信仰心を持つことは是非とも必要なのである。
 正しい信仰心を持ち、神様の御心を常に体現しようという覚悟をすることである。自分でどうしても判断に迷った時は徳川家康がそうした様に優れた宗教家とか哲学者に教えを請えばいいのである。
 そういう正しい信仰心は信念となり、自分の心配なんてしないのである。自分の心配なんてしないから自分の保身や次の選挙の事なんて考えないのである。そして、正しい信仰を持っているから選挙民に媚びずに却って、選挙民、国民の幸せを願い、そしてその為に国民の真の声に真剣に耳を傾けるのである。

 そこに真の民主主義が実現し、常に国民の声を聞き、真剣にそれを踏まえ、良き意見は実行しようとするから自ずとそういう政治家は次の選挙で上位で当選出来るのである。
 
 先日、郵政民営化の事で悩んだ政治家が自殺したという報道があったが、私には小泉首相が何故、この法案にここまで固執するのか分からない。何でもかんでも民営化するのが能でもあるまいと思うし、ここまで時間と経費とエネルギーをかけて民営化して何のメリットがあるのだろう。国民に取って見れば大した違いはないはずである。それどころか有識者に言わせればデメリットの方がいくつもあるそうである。

 私はそんなことより今の日本の政治家は時間と労力を掛けなければならない問題が山積しているのではないかと思う。拉致問題はどうなったのか?炭素税の導入はどうなったのか?対北朝鮮、対中国の外交問題の事をもっと真剣に考えなくてはならないのではないか?

 郵政民営化などというどっちでもいいような問題に血道を上げている今の自民党はどうみても国民と国と世界の平和と安定を真剣に考えている様には見えないのである。


 堀 浩二
 
by koujihori | 2005-08-03 21:45 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)