カテゴリ:時事問題( 57 )

ロンドンのテロ

 ご存知の様にイギリスのロンドンで同時多発テロがあり、多数の犠牲者が出た。監視カメラ等、イギリスの警察の優秀な捜査技術により、事件発生後からわずか一週間でテロ実行犯を確定出来た。
 それによると彼らはパキスタン系のイギリス人四人でいずれも20歳から30歳の若いイスラム教徒だそうである。彼らはいつもは学生とか教師としてイギリス社会に普通のイギリス人として潜伏しており、いざテロ実行という時になるとその本性を現し、この様な恐ろしいテロを実行するというスリーピング・セル(眠っている細胞)と呼ばれるテロリストである。
 しかし、日本人の感覚からするとよく分からないのが彼らがパキスタン系とは言え、イギリスで生まれ、イギリスで育った、イギリス国籍を持つイギリス人であるのにかかわらず、こうした自国民が母国であるイギリスの首都ロンドンで大量虐殺のテロをアル・カイーダの様な国際テロ組織の指示がいくらあったにせよ、どうして起こせるのか、起こしてしまうのかということであろう。
 この様に自分の生まれ育った母国で自国民にテロ行為をするなんて日本人ならおよそ考えられないことである。

 しかし、よくよくイギリスの事情を聞いてみると、イギリスは日本なんかではおよそ考えられない階層社会であり、上流階級、中流階級、下層階級というのが今でも完全に分かれた社会なのだそうである。それは言葉の発音の仕方から違うのだそうで、イギリス人はお互いちょっとしゃべっただけで相手の階層が分かり、相手が自分より下層の相手と分かると途端に差別的な扱いをするそうである。
 それは当然宗教間の差別なんて要素も加われば、エスカレートするだろうし、今回のテロ実行犯の四人はいずれも下層階級として差別され、イスラム教徒としても差別された人達であったそうである。そうした差別の現存する社会ではいくら母国と言えど、その差別から生じたうらみを張らしたいという気持ちもあったであろうし、それがイスラム教的な聖戦(ジハード)の要素が加われば、今回の事も当然の結果と言えなくもないと思う。

 であるから、よくアメリカやイギリスの政治家とそれに同調する日本の保守系論壇の人達が言う「テロとの戦い」、「テロには決して屈しない決意」とか仰るのはまあ一応分かるが、その前にどうしてこういうテロが起こってしまうのかという原因を考える必要があると思う。
 それは白人のトップの階級が主に生じさせている差別であり、また彼ら先進国の現象的、肉体的快楽と便利さを追求した生活レベルを維持する為に如何に発展途上国の人達を安い賃金で酷使しているか、そして地球環境を損なっているかということを内省する必要があるだろう。

 日本はその点、素晴らしいと思う。日本は階層なんてものは人によっては多少あるという人もいるが、イギリスなんかに比べて、全然そんなものは存在しない。意識調査をすれば80%の人が自分は中産階級だと答える国柄である。もちろん私も自分をそう思っている。
 だから、日本人は地域のつきあい、職場のつきあいでもその人の出身地、宗教、生まれとかで差別してつきあうような事はせず、その人がよほどの変わり者で自ら心を閉ざしていない限り、誰でも仲間に入れてやってお互い、仲良くつきあう。それは日本人は昔から天皇を中心として、その元に平等であるという自覚が意識するとせざるに関わらず潜在意識的に何となくあるからであると私は思う。
 そして日本は昔から自然と対立してそれを征服するという考えはなく、自然と融合して、それを出来るだけ生かし、保存するという意識を持ってきた。そして、鎮守の森と呼ばれた森の中の神社に人々は信仰のより所を求めたのである。
 そして日本は元々天皇を中心とした神道的な信仰の地盤があったが中国から仏教が入ってきてもそれを排除する事なく、日本の風土にうまく取り込んだ日本的仏教を作り上げ、神道ともうまく融合というか両立させたのである。
 我々日本人はそうした素晴らしい国に生まれた事をもっと感謝しなくてはならないと思う。そして、こうした階層の差別をしない、宗教同士を対立させない、そして自然を大切にするという我々日本人が古来から持って来た国民性を大事にし、こうした要素が世界の平和と環境保護活動に今こそ求められているという事を自覚して、志ある若者にはどんどん世界で活躍してもらいたいものである。

 堀 浩二

 
by koujihori | 2005-07-18 09:32 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

若貴問題について

 久しぶりに時事問題というか余り、程度のいい話ではないが今、話題になっている問題について書いてみる。例の「若貴問題」である。

 周知のように史上初の兄弟横綱であった花田勝氏、光司氏の兄弟不仲がいよいよ深刻の様である。昨日も双子山親方の35日法要が行われたが、二人は殆ど顔を合わせなかったそうである。

 私はこの二人の構図はよく分かる様な気がするのである。即ち、ちゃらんぽらんだが割合、何にでもつぶしがきき、現実的な考え方をする兄、そして生真面目な求道家タイプの弟。ちょっとこの弟は私に似てなくもないので彼の気持ちが何となく分かるのである。

 聞くところによるとそもそも兄弟の確執はどの辺から始まったかと言うと、兄の勝氏(若乃花)が横綱になったあたりらしい。若乃花は相撲はうまいかもしれないが軽量で小柄ということもあり実力的には横綱にはなれる資格が無かったのに兄弟横綱で相撲人気を盛り上げようとした相撲界の商業主義により横綱若乃花が誕生したと言う説があり、相撲や横綱というものを神聖視していた貴乃花がその事に対して、非常な憤りを感じたと言うのである。神性な横綱という地位をちゃらんぽらんで実力もない兄が汚したと弟の目には映ったのかも知れない。

 貴乃花は大相撲で割合、日常的にあると噂される八百長には一切、手をつけず、ガチンコと呼ばれる真剣勝負だけで横綱に上り詰めた横綱中の横綱である。そうなるまでは彼は素質に恵まれていたとは言え、人の何倍もの努力をそのストイックな精神力で重ねたはずである。それなのに割合ちゃらんぽらんで現実的な兄がひょいひょいとその横綱になってしまったのだから、この生真面目な弟にはそれが許せなかったのだろう。

 でも、これがもし他人同士だったらどうであろうか?貴乃花はこうやって楽に横綱になった若乃花という力士をこうまで憎まなかったであろう。「まあ、しょうもないやつ」くらいで流していたはずである。それは何故かというと他人にはそんなに思い入れがないからである。
 例えば、となりの親父が愛人を作ったからと言って、世の奥様方はそんなに憤らないであろう。だが、これが自分の亭主ということになると「怒髪天を衝く」ということになると思う。それは自分の家族は他人より愛しているが故にこうあって欲しいという理想像があり、それに相手が反したことをすれば相手を愛している分、憎しみも深いからである。

 そういう訳でこの若貴に限らず、憎しみ合っている仲の悪い兄弟姉妹というのは実は仲が良く、お互い愛し合っているからこそ憎しみ合うようになるのである。

 それでは実際問題、こういう場合、どうしたらいいのか?どうやったら仲良くなれるのか?皆さんはどう思いますか?それは相手に理想像を求めないということである。相手を愛しているからこそ相手に理想像を求めてしまうのであるが、相手の短所ではなくて長所を見ればいいのである。

 人間は全ての面において、完璧な人間はおらず、皆、長所と短所があるのである。短所のない人間はいないが長所のない人間もいないのである。
 ある長所を持っている人間はその自分と同じ長所を持っていない相手をいたずらに自分の尺度で責めるのではなく、自分は全体の役割の中で相手にない長所を持っているのだから、自分の長所で相手の短所を補う役目があるのだと思うようにすればよいのである。
 逆に相手は自分にはない長所があるはずだからそれを探し出して、感謝すればいいのである。そうすれば、お互い、相足らざるを補い合って、全体の家族、組織、社会としてうまくものごとが運び、皆幸せになるのである。

 堀 浩二
by koujihori | 2005-07-04 20:37 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)

首相の靖国参拝について

 小泉首相が靖国神社参拝することについての是非についての論議がマスコミで活発になって来ているが大体はそれを日本の国益を損なうとして反対の様である。
 何故ならば、首相の靖国参拝を非難している中国は今やアメリカを抜いて日本の最大の貿易国であるから、首相がこれ以上靖国参拝にこだわるのは日本に取って国益にならないというのである。また、それだけではなく、首相がA級戦犯が祀られている靖国神社に参拝することはかつての侵略戦争を起こした張本人達にお参りするのであるから、戦争の被害にあったアジアの人達の神経を逆なでするものであり、思いやりに欠けるという論議もある。
 しかし、問題の本質はそんな所にはない。問題は一国の首相が自国のどこに何をしに行こうとそんなことは他国にとやかく言われる筋合いのものではないということである。そんな口出しは正しく内政干渉以外の何ものでもない。
 そういう意味で私は小泉首相は靖国神社に参拝して全然構わないと思う。でも参拝しなくてもいいし、参拝しなければならないというものでもない。要はそんなことは御本人が決めればいいことである。

 現在の日本というのは精神の心棒というものを失い、自信がないから他国からのちょっとしたちょっかいでふらふらするのである。そして、唯物主義であるから、精神的支柱を守るということよりも目先の物質的利益を第一にするのである。だから、大事な貿易国である中国のご機嫌を損ねないようにすることが重要であり、その為に首相が靖国参拝にこだわるというのは百害あって一利なしと考えるのであろう。

 私は靖国参拝の是非について、ここでとやかく持論を述べるつもりはない。しかし、靖国神社にクレームをつける人、否定的な考えを抱いている人に申し上げたい。一度、御自分で靖国神社に実際に御参拝なさって、御自分でその空気に触れられ、そして、是非境内にある遊就館という展示場に足を運んでその一番奥にある特攻隊の青年の手記を読んでみて下さい。
 そして、我々のこのかけがえのない祖国を守る為に自らの尊い生命を捧げて下さった英霊達の魂に触れてみて下さい。

 堀 浩二
by koujihori | 2005-06-03 08:43 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

日本の夜明け

 現在、我が日本国の現状は何となく暗雲たれ込めたような状況、危機的状況にあると思うが、それはやはり、かつて生長の家創始者谷口雅春先生が訴えられていた通り、国の根幹を定めた現憲法である日本国憲法の精神、考え方に問題があるからだと思われる。
 この憲法には平和、自由、平等、権利が高らかにうたわれ、一見、理想的な憲法の様だが、国の根幹、家の概念、国民としての義務が骨抜きにされ、肉体の権利、快楽を第一のものとして据えた精神に問題がある。
 
 こんなものを戴いていれば、おのれの権利ばかりを主張し、国や祖先に対する感謝の念は薄れ、肉体の快楽、物質の利益を第一にする国民性が出来上がるのである。それは現在のもうけ主義第一の産業人のやり方、肉体の快楽を第一に求めた様な猟奇的事件の多発、自分のことばかりで子供のことを顧みない若い親達の出現等の我が日本国の現状を見れば、明らかだろう。
 そして、自衛隊を否定し、国の安全保障上の当たり前の免疫機能である軍隊を否定しており、その事がまた日本が一人前の国として世界に対して、責任ある行動と言動が出来ない原因になっているのである。
 
 しかし、昨今、一昔前までタブーとされたこの日本国憲法改正に関しての議論が活発になって来て、過半数の国民が改正に賛成ということになって来たのはいい流れではあると思う。しかし実際、現状のままでは日本国憲法を根本的に改正するというのは難しいだろう。
 環境権の追加とかそのような微細な改正なら可能かも知れないが、根本的にまともな憲法にするように変えるのは現状では困難だと思う。へたをしたら改正どころか改悪なんてことにもなりかねない。
 何故、この憲法を正しい方向に改変して行くのが難しいと言ったら、このアメリカ製の日本弱体化を意図した憲法は言わばぬるま湯憲法であり、一旦、それにはまったら中々そこから自ら抜け出す気にならないからである。
 おまけに日本はいわゆるムラ社会であるから、強力なリーダーの元、合理的な改革がびしびしと実行されて行く欧米と違って、誰が中心者だか決定者だかよく分からないで何となくものごとが進行して行き、ドラスティックな改革は中々行われず、現状維持で何となく進んでいくのである。

 それではどうしようもないのかと言ったら、そんなことはないのである。それは日本の真の姿、実相というのは自然発生的に出て来るのであるからである。そもそも日本国の建国も欧米の国の様な人々の契約により成り立ったものではなく、自然発生的なものであり、従って、日本国の生長や改革も言わば、同様に自然に行われて行くと私は思う。
 
 日本の実相はそのままで素晴らしい国であるから、だからこそ色々な失敗体験をするのである。その失敗体験こそ素晴らしい勉強と学びの機会であり、それを契機としてその本質の素晴らしさがますます顕現して行くのは我々個人と同様である。

 現在の日本は正に色々大切な事を学んでいる時期であると思う。新聞紙上を騒がす、色々な異常な事件、JRの脱線事故等々のように多くの人達の乱れ、悩みは我が国開闢以来のことであると思われる。しかし、それだからこそ、我々日本民族の素晴らしさがその学びの中で自ずと自然発生的に目覚めて行くのである。それが日本の夜明けである。

 堀 浩二
by koujihori | 2005-05-25 12:43 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

日本の防衛について

 日本の防衛についてどうしたらよいかという議論があるが、この世に悪ありと認めて、それを恐怖して、抑える為に軍備を増強しようというのは間違っているのである。その様な迷い、恐怖心で動けば、その恐怖した通り、近隣諸国は実際、牙をむいて襲いかかって来るであろう。
 
 こんな事を書けば、日本国憲法の前文にあるような虚構の理想論即ち「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」という愚か極まりない文句と同じに聞こえるだろう。
 しかし、私の信仰している生長の家の真理、即ちこの世界には善なる神しか存在しておらず、悪や悪人は本来存在しない、というのは現象の事ではなくて現象を超えてその奥に存在する本当にある世界、即ち実相世界の事であるのである。
 その事を吾々人類が本当に悟れば、現世(うつしよ)であるこの現象世界にもその完全円満な悪のない実相の世界の姿が投影されてくるのである。しかし、日本国憲法でうたわれている虚構とも言える理想主義はこの現象世界そのものが悪も何もない国々ばかりであると言っているのであって、そこに生長の家の真理と日本国憲法の考え方と根本的な違いがあるのである。

 吾々、日本民族はあくまで正しい信仰を把持し、この現象世界の奥には悪は一切ない世界が真実の存在として存在しているのであるという思想に立ち、この現象世界と本当にある完全円満な実相世界とは違うのだという認識を持たねばならぬ。その上で本当の世界には悪も悪人もないという大安心の心を持って政治を行い、経済活動をしていくべきである。
 そうしたら国の防衛に関して何もしないかと言ったら、そうではないのである。鳥が卵を産むのに備えて巣作りをするのは取り越し苦労するからするのではなく、あくまで内側から自然の働きで何となく巣作りしたくなるからするのであるというのは生長の家の「信仰生活の神示」にも示された通りであるが、そのように本当の世界は一切、悪はナイという信仰に立てば、やるべき備えは自ずとしたくなるように自ずと必要最小限の軍備や武力を備える事になるのである。
 それは日本国という一個の生命体としての免疫的な自然な働きである。

 堀 浩二
by koujihori | 2005-05-22 21:51 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

ホリエモンについて

 本日は今、話題のライブドアの堀江貴文社長の事を書こうと思う。彼は時間外取引というゲリラ的手法を使ってニッポン放送の株を大量に買い占め、それを足掛かりにニッポン放送が筆頭株主になっていて事実上のその持ち株会社になっているフジテレビの支配権を握ろうとした事は周知の事実である。
 その後、両者の攻防が二転三転している内にソフトバンクなどが介入して来て、白馬の騎士の北尾氏なども登場して来た。
 しかし、騒動が中々収拾しない内にライブドアの株価も下がって来て形勢不利と判断したライブドアが折れてきてフジテレビに大部譲歩する形でお互い手を打って提携話といこうとしているようである。
 今回は前回のプロ野球パリーグの近鉄バッファローズを買収しようとした件に続き、業界に新風を吹き込んだまでは良かったが結局、楽天に新チーム参入権を持って行かれたように今回もホリエモンの思惑、野望は現在の所、ついえそうである。
 
 私はライブドアの堀江社長は進取の気性に飛んだチャレンジ精神の持ち主で、発想力も行動力も企画力も素晴らしい青年事業家であるという所は大いに評価する。
 32歳というその若さを武器に誰も思いつかなかった独自のアイデアで色々な業界に風穴を開けて行くパワーは頭の錆び付いた老人経営者には真似の出来ないものであり、こういう若くて力もアイデアも行動力のある青年こそが世の中を改革して行くのであり、明治維新の時も吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬などの維新の志士達は皆、青年であった。
 しかし、私はこれらの維新の志士達とホリエモンこと堀江貴文ライブドア社長には決定的な違いがあると思っている。
 それは何か?皆さんはどう思いますか?それは年長者に対する尊敬の念がこのホリエモンにはちょっと欠けているのではないですかということである。
 明治維新の時は青年の力が原動力になったが彼らは皆、目上の者を敬い、礼節を保ち、長幼の序を守り、それらは形式的にではなく心からそう思っていたと思うのである。少なくても彼らが現代に生きていたらホリエモンの様に年長者、その業界の先輩との交渉の場でTシャツで出てくる様な真似は決してしなかったと思う。
 彼は東大出(中退?)で頭も良くて、IT事業で巨万の富を得て、世間なんて、大人社会なんてこんなものという驕りがやはりあるのではないか?東大という学歴の上に自分のアイデア一つで巨万の富を得てしまったら傲慢になるなというのも無理かと思うが。
 ということで私の推測だが彼は社会の諸先輩達をその才能と頭脳明晰さが却って災いして見下している所があると思う。でも見下す者は逆に見下され、決して認められる事はないのである。
 日本はいわゆるムラ社会でこういうアイデアも実力もある若い芽が出てきてもよってたかってその芽をつみ取ってしまうという面があるという意見もあるが彼がきちんと先輩や年長者を敬う謙虚な心があれば、排除されることはないと思う。
 
 それともう一つ、ホリエモンのやり方、考え方で決定的に良くないのが目的の為には手段を選ばないという唯物的な考え方である。いわゆるそれが今回のニッポン放送株の敵対的買収というやり方に表れているが、これはアメリカなどでは割合よくあることらしい。 
 映画「プリティウーマン」のリチャードギアが演じていた主人公はこうしたことを生業にしている人間だったと記憶しているが、そのやり方は他の会社の株を今回のホリエモンのようにゲリラ的に大量に買い占め、その会社を事実上乗っ取るということだが、そんなことで乗っ取った側と乗っ取られた側がうまくやっていける訳がない。そんなのは欧米ではいざ知らず、日本みたいな人と人とのつながり、和を大切にする風土では絶対に馴染まないのである。
 これは正に欧米的唯物主義であり、最悪のやり方である。ホリエモンは力と行動力と独創性はあるが一番大事なこと、即ち目上の者、年長者を尊敬して大切にする心、そして如何に理想的な目的があってもその手段は決して人の道を外したものであってはならないという道徳的精神に欠けているのである。それはやはり、彼に神様という概念が抜けているからであると思う。
 こういう考えを持っている以上は彼は本当の成功者にはなれはしない。何故なら富の本質とは生長の家の教えにある通り、人を拝み、敬い、人の為になる考え、アイデアを実行に移すことであるからである。

 堀 浩二
by koujihori | 2005-04-18 08:57 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

反日運動に思うこと

 さて、ご存知の様に現在、中国、韓国で民衆による反日運動が大変、激しくなっていて、現地邦人は大変恐ろしい思いをしているようである。
 日本では町村外相が日本の外相としては割合珍しく、毅然とした態度を取って、謝罪と破壊活動による損害賠償を中国政府に求めているようであるがこれが蛙の面に小便で責任はむしろ日本にあると言い返される始末。でもこの中国政府の反応はホリエモンではないが、大体、想定の範囲内である。
 騒動の直接のきっかけは日本の国連常任理事国入り反対署名運動であるらしいが、それに加えて日本の歴史教科書の問題や小泉首相の靖国参拝問題等もあるようである。
 でも、中国の民衆の反日感情が何故これ程激しいものであるかということは中国の露骨な反日教育にその原因があることは識者なら誰でも分かっていることと思う。
 中国には学校教育のみならず至る所に日本の中国での戦争犯罪の歴史を再現した戦争記念館があり、戦時中の旧日本軍による中国人虐殺、人体実験等のおぞましいシーンが蝋人形によりリアルに再現された展示物が沢山あるのである。中国では子供達に学校行事でこういう所に度々見学させに行き、子供の頃から徹底的に反日教育を施すのである。
 教育とは恐ろしいものでこんな教育を幼少の頃から受けたら大人になったら立派な反日中国人が出来上がるのであり、彼らは根っから日本人を悪魔のように憎んでいるのである。 今回も騒動もそんな所が根っこにあるのであり、中国の警察が彼らの暴動を殆ど見てみないふりをしているのも当然である。
 でも日本人は戦前も戦時中も多少乱暴で横柄な態度を中国大陸で中国人にしたことはあったようだが本来日本人というのは非常に温和な民族であり、争い事は基本的に好まず、ましてや人間に対してそれが中国人であろうと韓国人であろうとそれを極悪非道なやり方で虐待、虐殺なんて出来る民族ではないのである。
 私はこうした中国の反日教育で教えられている日本人の極悪非道ぶりというのは殆どが中国側のねつ造であると思っている。
 
 それはともかく、中国が何故、こんな反日教育をしているかと言ったらそれは江沢民の時に始まったらしいが、中国政府の自信の無さの裏返しである。
 というのは中国では共産党の一党独裁であるがそれでは経済が停滞するということで部分的に資本主義を採り入れ、現在はGDPの実質成長率は10%を超えているらしい。いわゆる不動産バブルによるものであるが、こうして中国の経済が発展すればするほどいわゆる富裕層が出て来て、それが13億の中国の人口の中の1.5%に当たる2000万人にも及ぶというのである。
 中国では沿岸部の都市部に住んでいる人はこの富裕層のように資本主義のお陰で割合、潤ってリッチであるのだが内陸部の農村地帯は貧困層が多く、それが非常な国民感情不満になっているらしく近頃はその事に起因した暴動も頻発しているらしい。
 中国政府はその中国国内の不満を自分達に向けさせない為にその鉾先を外国に向けさせようとして一番手っ取り早い相手日本を選んだのである。

 そして韓国でも反日運動が現在起こっているがこちらは中国ほどではないが長年反日政策を国が取って来て、それは当然教育にも及んでいただろう。

 いずれにせよ、教育というものは恐ろしいもので人間の考え方というのはこの様に教育によってどうにでもなってしまうのである。でも、私が今回言いたいことはそんなことではない。何故彼ら中国人や韓国人はそれほどまでに日本を悪く言うのであろうか、何故それほどまでに日本の大東亜戦争中の行為を悪魔の様に憎みののしるのであろうか?
 私が思うに中国や東南アジア、そしてアフリカを露骨に本当に侵略の意図をもって、侵略し原住民を搾取又は虐殺したのは白人達欧米列強ではないのか。
 日本が中国大陸に進出していたのはそこを侵略の意図を持って軍隊を派遣したわけではなく日露戦争の勝利によってロシアから割譲を受けた満州の権益によりその地に日本から移民していたのをそれを保護する為に日本から軍隊が派遣されていたのであるし、また朝鮮併合に関しても日露戦争前は日本の政策はずうっと韓国にしっかり独立してもらいたいということで進められており、朝鮮を侵略しようとしたロシアと結局衝突して日露戦争になり、日本勝利後も相変わらずロシアと手を組もうとする勢力が朝鮮において座視出来ない状態になったので仕方なく日本は朝鮮を併合したのであって、それは当時はロシアの南下を世界中が懸念していたので国際的にも歓迎されたのである。

 まあ、結果的に日本が中国と韓国に進出または併合していたことは良くないと言えば良くないのであるがその内容は欧米列強のやり方に比べれば遙かに悪意はないのである。

 でも彼ら中国人、韓国人はアメリカ人、ヨーロッパ人の罪は少しも糾弾しないで何故、我ら日本人の事ばかり責め立てるのであろうか?ちょっとおかしいと思いませんか?
 私はその理由をこのように考える。それはやはり中国人、韓国人は白人、欧米人は自分達に比べて一段上の人種と見ている面があるのではないかという事である。
 それに反し、同じ東洋人しかも中国人や韓国人から見れば日本人は自分達の弟分くらいの感覚があるので、その生意気な日本に一度でも統治された支配されたという記憶がいやでいやでしょうがないのではないかと思う。
 そんなわけでかくも中国、韓国での反日感情が激しいのではないかと思う。

 ここで肝心な事だがそれなら我々日本人は今回の様な事態に対してどうしたらいいかということである。町村外相の様に毅然とした態度で相手に謝罪を求めるのは大変いいことである。しかし、その他、一般の日本人が今回の事で更に中国人、韓国人をいやな卑しい民族であって、これらの民族はまた機会あらば懲らしめて統治してやらなくちゃ駄目なんだなんて思ったりしたら絶対駄目なのである。

 私は今回の事はほとぼりが冷めるまで暫く静観してそのままにしておくのがいいと思う。反日感情反日運動というものが迷いに支配された正しくないものであるならばそれは自ずと自壊して行くのである。ことに中国は既に述べた様に国自体が実は危ないのである。本来でないものは自壊する。そのままにしておけばよいのであり、これを機会に日本も中国、韓国に対等にものが言えるように憲法を改正して核兵器を持てるようにしなくちゃならんなんていう考えは大変危険な思想である。
 それこそ本当に戦争の原因を作るであろう(だからと言って私は憲法改正反対論者ではない)。
 
 そしてかつての韓流ブームの時の様に韓国人のいい面を見ること、そして探せば中国人にもいい面があるはずだから、それを凝視する様にしていけばいつかは日本、中国、韓国とお互い手を取り合って仲良く出来る時が来ると私は信ずる。

 堀 浩二
by koujihori | 2005-04-14 12:28 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)