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自分の中に無限がある。

 先日、谷口雅春先生のテープに出て来る話である人がある事に関する記事を書かなくてはならなくなったがその人はその事に関して知識が全然無かった。でその記事の原稿の締め切りの前の晩になって、その人は静かに祈って寝たがその翌朝、目が覚めた時にその記事を書くのに必要な知識がパーッと目前に拡がって、その人はその記事を見事に締め切りまでに書くことが出来たという話をご紹介しました。それで雅春先生は「この様に我々の中には無限があるんです。(頭が)知らない事でもあるんです。」と仰ってました。

 僕はテニスをやっていますが僕に取ってテニスって求道と信仰そのものです。杉山愛はテニスは人生そのものだって言ってましたが。今日も午前中テニスクラブに行って三試合ダブルスゲームをしました。戦績は1勝2敗。最初の試合は僕のサービスゲームで始まりましたがサービスを打った後の僕のファーストボレーがミスばかり。それから数ゲームやってストロークもボレーもミスが目立ちました。それで負けてしまいましたがその時、内側から分かりました。「ああ、これは足が動いてないからだ」と。

 僕は練習の時のストロークとかボレーは割合上手いのですが試合になるとミスが出るというのは試合になるとどこに飛んで来るか分からないからです。練習の時は飛んでくる所が分かるから足が余り動いて無くても打つのさえ上手ければミス無く打てるのですが、試合になると厳しい所に予測出来ないボールが飛んで来る。そうした時、足が動いてないからミスが出るわけです。その事が今日分かりました。分かったら、三試合目はサーブアンドボレーがぴしっと決まって勝利出来ました。

 これは試合をしてる中で内側から「こうしたら良い」って言うのが内側から自ずと出て来る訳です。それは僕の内側に無限があるからです。サービスなどはどうやったら良いかという事はとても難しいし、一般のプレーヤーではその悩みを持っている人沢山います。でも、僕は内側に無限があると分かっているからやって行く内に自ずと分かって来ます。だから今はどう打ったらいいかという悩みとか迷いは一切ありません。

 これは生長の家をやっている人なら誰でも分かってもらえると思います。また同時に全ての人は内に無限を持ち、自立する事が出来ると信じます。

堀 浩二
by koujihori | 2010-11-27 23:24 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

今、完全円満である。(3)

 以下は生長の家のポスティングジョイに投稿した私の文章である。

堀 浩二

 聖典「生命の実相」第七巻「生活編」のはしがきにN氏という男性の話が出て来ます。それはN氏は色々の病気を患って、長年、病床に伏せっていたが、知人から生長の家を知らされて、それで噂によるとこれは読んだら病気が治る本との事でこれを読んだら自分の病気も治るだろう(すいません。この辺、僕の想像です)との事でそれでN氏は熱心に生長の家の本を毎日毎日読んでいたが一向に病気が良くならない。それでこれだけ熱心に読んでいたらもういい加減に潜在意識に人間神の子、本来病ナシの真理が印象づけられたであろうから、もうそろそろ病気が治りそうだがその兆候が無い。と思っていたら、突然「自分は本当に人間神の子病気無し」を知っているのではなかった。単に「生長の家の本には病気無しと書いてある」という事を知っているに過ぎない」と気づいて、本当に病気が無いと知るという事は今断々個として立ち上がる事だと悟って、それからすぐに病床を取り払って、それ以来、普通人の生活をして、それから風邪一つ引いた事の無い健康体になったと言う話が出て来ますね。

 生長の家をやって、いくら練成とか受けても治らない人は病気をつかんでいる人ですね。「この病気を一つ生長の家で治そう」と思っているから、「この病気」という自分の心の影が映って、いくら生長の家をやってもその心通り、病気が消えないという事になります。だから、本当に病気無しと知るという事は「今、完全円満、無限力、無限健康」と思って、どんどん今やるべき事をやって行けば良いのです。

 前置きが大部長くなりましたが、僕、昨日からテニスが不調でした。どうもフォアハンドもボレーも上手く行かない。それは僕が十数年前に一旦故障した自律神経の不調の関係で体が上手く動かない様なのです。それでおまけにサービスに関しても迷いが又出て来てしまって、肉体的にも精神的にも絶不調でした。それで本来は今日もテニスクラブに行く予定にしてましたが、さすがにちょっと迷いました。何せ僕は相手を選びませんからえらい上手い人の組に入ってぶざまなテニスは出来ないという不安もありました。

 僕の消極的声「今は丁度自壊作用の時期だから無理しないでテニスは休んだらどうか?」

 神の子として僕の積極的声「いや、完全円満なのは今の事だ。現象ナシ!肉体ナシ!」

 それで僕、後者の声に従ってテニスクラブに行き、三試合しました。いずれも上級者達の中に混じっての試合でしたが戦績は2勝1敗。さすがにフォアハンドの不調はありましたが、それでも頑張って、試合をして好成績を上げる事が出来ました。それでサービスの技術的悩みも試合をやっている内に自ずと氷解してばっちり良いサービスが決められました。要するに今完全円満、無限力、無限智だから、力は今発揮出来るし、サービスの悩みなんてものも具体的に存在せず、やり方も今分かるのですね。

 体の不調が治ってから、サービスのやり方が完全に分かってからなんて言っていたら永遠に力を発揮する事も出来ないし、サービスのやり方も分かりません。
by koujihori | 2010-11-21 18:45 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

生長の家の神の運動の現代的展開について

※以下は生長の家のポスティングジョイに投稿した私の文章である。それをそのまま掲載する事とする。

 今度の土曜日、僕はある相愛会誌友会に出講させて頂きますので昨日の夜、その準備をしてました。今回のテーマは「四無量心を生きる」で副題は「自然と共に伸びる」です。
 これは現在、生長の家が一番ウェートを掛けて、取り組んでいる自然保護運動の事ですが、昨日の勉強で気付いた事は本当にとてつもない事でした。それがそうと分かったのは昨日ではなくて、今朝、目が覚めて布団の中でぼーっとしている時でした。
 残念な事に昔、生長の家だった人が現在の生長の家の運動、主に環境保護運動に対して反発して、別派を作ったりしていますが、これはとても間違った事であると再認識しました。生長の家は単に世間一般と同様の環境保護運動にうつつを抜かしているのではなくて、それは神様の運動の現代的現れであると実感しました。
 というのはもちろん、現在これだけの環境破壊、温暖化が進んでいるのは喫緊の問題ですがこれって同時に吾々人類の根本的生き方が本来のものにならないとどうにもならないって所まで来てるのだと思います。それは正に自然に対する四無量心の実践が今こそ大事だって事ですね。

 それは自然を真に愛するって事ですがその根本って吾々人類が自然要するに神に生かされていると言う事を十分、認識する事ですね。
 その事を忘れて、自分を肉体と考えて我(が)で幸福とか永遠の生命を得ようとしているのが間違いでこんな事を継続していれば人類は不幸になるって瀬戸際で人間の真の生命が神に、大自然に生かされている神の生命であるという信仰を現代に運動として展開させていくって事が大事だと言う事ですね。
 それが現在の生長の家の運動であると言う事だと思います。

 自然に生かされている事を忘れ、自然をおのれの目先の利益とか便利さの故に排除して行く都会の生活の中で頭脳が左脳偏重の「ああせねばならぬ」「こうしなくてはならぬ」と理屈で考えて行って、今を味わって生きる事を忘れて行く中で精神の病とかが出て来ている世間の流れがありますが、これに対しても大なる救いをもたらす運動であると思います。

 意味より感覚を優先する右脳的生き方というのが生長の家で提唱されているのも今を十分味わって、自然の現象を感覚で良く捉えてゆっくり生きていく中で現象の奧にある実相即ち神を十分感じ、その中でこそ精神の安定が育まれていくって事ですね。

 これらの生長の家の現代の展開が如何に現代人に取って重要かという事を僕は誌友会の出講の勉強をしている中で気付く事が出来ました。

堀 浩二
by koujihori | 2010-11-05 09:35 | 信仰 | Trackback | Comments(0)