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親に感謝とは?(2)

 生長の家は親に感謝が大事って口が酸っぱくなる位言いますね。でも親に感謝するってどういう事でしょうかね?「大調和の神示」に「神に感謝しても父母に感謝しえないものは神の心にかなわぬ」って書いてあるから、感謝しなくちゃならんって思って感謝する人もいるでしょう。
 「生命の実相」第一巻には「神様の愛が具体的に肉体として現れたのが父母である」って書いてあります。要するに父母って自分に取って神様の化身なのです。だから父母を憎んでいると神を、そして神というのは全ての全てですから全てを憎む事になる。これは大なる不調和の念ですから、「神は助けとうても争いの念波は神の救いの念波をよう受けぬ」っていう事になって、不幸に病気になる。と言う訳です。
 そもそも親に感謝しないどころかそういう場合、激しい憎悪になります。何だ。あの親はって事にね。隣の家のお父さんが同じ事をしても赦せるのに自分の親だと絶対に赦せない。それは子供というのは親を心底愛していて心から感謝したいからです。でもそれが期待を裏切られるとその強い愛が憎さ百倍で激しい憎悪になる。
 それなら感謝しなくちゃ、いや感謝したいと思う訳ですがこれが現象の親がアルと思っている内は絶対に感謝は出来ません。外に女を作って家族を裏切って苦しめた父、子供にひどい事を言う親にどうやって感謝出来るでしょう?それは絶対に無理です。無理に言葉の力を使って感謝しようとしてもそんなテクニック的な事だけでは限界があります。
 ここに現象の親はナイという真理を悟らなくちゃいけないって事になります。現象の親はナイ。それは自分のこの世界をどう見ているかのそして自分自身をどう見ているかの観の投影に過ぎない。ひどい親がいるのは自分がこの世界を冷たいひどい世界だと観ている訳です。現象の親はその投影に過ぎない。
 現象の親はナイ。それは自分が作り出した、自分が生み出したものだ。現象はナイ。真に実在するのは吾が内なる神の国のみだという真理に目覚めて、現象ナシ、現象の親ナシと一刀両断にする事ですね。その時、却って、親に満腔の感謝が出来る。そして、実際の目の前の親もひどい親じゃなかった。自分の観が歪んでいただけで実際に元々自分を愛してくれていたのを単に自分が分かっていなかっただけだという事が如実に分かると思います。

堀 浩二
by koujihori | 2011-10-20 19:46 | 家庭生活 | Trackback | Comments(0)