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訓練も神が為し給う。

 私は今まで反復練習というものを軽視していたのである。何故ならそれは神の働きではなくて、我(が)が繰り返し練習を行う事で潜在意識にその訓練の刻印をして行く事でものごとをよくしていこう、上達させて行くものであり、それは神の働きではないと何となく思っていたからである。
 しかし、私はヴォイストレーニングを受ける中でやはり繰り返し練習の必要性、重要性というものを実感したのである。ならば、こういう事である。吾等は神の生命である神の子である。吾等が行う事は我(が)の工夫ではなくて神が行う事である。それならば繰り返し練習も吾が内なる神が行うのである。そしてどういう訓練をして行くかということは神が自ずと導き給うのである。

堀 浩二
by koujihori | 2012-03-23 22:49 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

実相は自分で出て来る(45)

 私は「今に全力を集中する」という生長の家の生き方がここ数ヶ月出来る様になって来たのである。これは私が我(が)でいくらやろうとしても中々出来ない事であった。どうして出来る様になったかと言えば、それは私の実相が自分で出て来て出来る様になったのである。

 それは先月から始めたヴォイストレーニングに負う所が大きい。私はそれまで我(が)がやはりまだ強かったのである。こうしよう、良くしよう、分かろうというのが強かった。それは「すぐ良くしよう」「すぐ治そう」「すぐ分かろう」って言う考えである。
 これは「今そのままで完全円満」「今無限力」という悟りとは違う。実相は完全円満、無限力であるから、それは無限生長だから、理屈で割り切れるものではないのである。常にこれから伸びる可能性、これから更に分かっていく部分を残しているのである。「分かった」「悟った」というのは分かっていない、悟っていないと谷口清超先生は仰っておられたがそういう事なのである。 
 ともかく今すぐ分かろう、良くしようと思って、余り反復練習というのを重要視していなかった。でも、ヴォイストレーニングを受ける中で反復練習というのがやはりとても大事であるという事が実感されて来たのである。それと共に訓練でも一つ一つの過程を丁寧にやって行く事が大切だという事が本当に分かって来た。
 反復練習された事は潜在意識に刻印される。それが深くなれば、自ずと練習した事は出来る様になって行く。そして段々パフォーマンスが高度になって来るのである。その中でどういう訓練をしたら良いのかどういうパフォーマンスを本番でやれば良いのかはそれはやはり内側からの神の導きに百%委ねなければならない。
 
 そうした事を丁寧にやって行く内に「今に集中する」という生長の家の生き方が自ずと出て来た。そして集中力や判断力はもちろん、色々な方面の能力も前より回復してる実感があるのである。 
 又、すぐに良くなろう、分かろうというとらわれが消え、まだ分からないままで良くならないままでこれからますます良くなる、分かって行くという可能性を感じる事が出来る様になって来た。
 生長の家の生き方を我(が)が頑張ってやろうとしている頃はどうしてもそれが出来なかったのである。しかし、「実相は自分で出て来る。それは最も良い時期に」と分かってから、実相が自分で出て来るに任せる様になり、その通り、色々なきっかけを経て、実相が自分で出て来ているのを実感するのである。ヴォイストレーニングに出会ったのも私の友人のI氏との何てことはないやりとりの中からI氏からヴォイストレーニングの指導者を紹介されて通うになったのがきっかけである。もちろんその指導者を紹介くれたI氏には満腔の感謝を捧げなくてはならない。しかし、それも実相から観ればそれは私の実相が自分で出て来る展開としてそうなっているのである。

堀 浩二
by koujihori | 2012-03-22 17:41 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

無我と言う事

 一切は神が行うのである。それが実相独在という事である。我(が)が無いという事である。無我というのは全託の事であった。そして、それが実相は自分で出て来るという事である。我(が)は要らないという事である。
 私が、オレがやっている、やってやっているというのは不遜の極み、傲慢の極みである。

堀 浩二
by koujihori | 2012-03-07 12:25 | 信仰 | Trackback | Comments(0)