<   2013年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

生長の家は安倍氏支持?

 サイゾーという雑誌に宗教の事が特集されてたので立ち読みしてみた。そうしたら何と生長の家が自民党支持と区分けされてた。そして安倍首相の顔写真のコメントに「生長の家から一方的とも言える支持を受ける安倍首相」と書いてあった。

 私は????という気持ちになった。私は生長の家の真理を40年以上勉強して来て、活動も30年以上になるが安倍氏を支持しようなんて微塵も思っていない。一番の理由は原発を推進している所。そして、同氏が皇統の男系維持に固執している事。そして、憲法改正して自衛隊を国防軍にしようとしている所。中国と事によっては事を構えようとしている所だからだ。
 自民党というのは確かにプロフェッショナルは多いし、色々な方面、諸外国とパイプがある。しかし、余りに利権に縛られていて、今の日本に大事な脱原発は殆ど不可能。景気対策も金融緩和とかの一時しのぎで根本的なものではないと私は思っている。
 雅宣先生は明確に民主党を支持された。もちろん信徒には強要はしてないが。それなのにどうして生長の家が安倍氏支持、自民党支持と書かれるのか?

 私は生長の家の信徒に安倍氏支持、自民党支持派がけっこういるからだと思う。でも原発の問題、自然再生エネルギーを育てる事が本当の景気対策になる事、そして日本の国土が侵略されていもいないのに尖閣などという小島を資源の争いの為に戦争しても良いという考えが生長の家を本当に勉強していて、そういう考えになるはずが無いと思う。そして何と言っても皇統は男系にこだわっていると断絶の危機がある。男系は側室制度があって保たれて来たものであるからだ。
 
 憲法改正が雅春先生の悲願だったから安倍氏を支持してるのか?しかし、ものごとは何でも杓子定規に昔、雅春先生がそうしていたからという理由で考えてはいけないと思う。今、憲法を改正して日本が外国と交戦権を得るという事はこれは自国の防衛の為ではなくてアメリカの世界戦略に利用される危険性が大いにあると思う。

 そういう事を真の信仰によって神から直接の智恵を受けて、総裁先生に中心帰一して信仰してものごとを判断して行動して行く事が大事ではないか?

堀 浩二
by koujihori | 2013-01-12 08:53 | 時事問題 | Trackback | Comments(6)

人間の生命は永遠生き通しである。

 人間は死んでも死なないというのが生長の家の真理ですね。それは理論的に説明出来る。これだけの見事な作りの肉体。そしてそれは解剖学的には人種を問わず、完全に共通している。これは偶然で出来たものではない。神の叡智という設計者がいなくてはならない。
 こういう事は理論的なものです。左脳的と言うか。

 それ以上に人間の個性的生命の不死、永遠生き通しというのは直感的、直接把握で感じ取らなくてはならないと思います。私はもう母の他界が悲しくない。母は今もはっきりと母の個性を保ったままで霊界で生き続けているという事が実感で分かる。もうどうという事は無い。普段通りに母に語りかければ常に通じるという実感があり、もうそれは当たり前の事。

 人間の生命の不死というのは最終的には生命の直接把握で感じるしか無いと思います。

堀 浩二
by koujihori | 2013-01-07 21:52 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

今、そのままで無限力、完全円満である。

 私はテニスをもうかれこれ33年やっている。その中で気づいた事は「自分(人間)は今、そのままで完全円満であり、無限力だ」という事である。
 テニスには色々のテクニックがある。それを向上させる事で実力も上がり、試合にも勝てる様になる。私はそのテニスのテクニックでことにサービスに苦しんだし、今も発展途上である。私はサービス以外のテクニックはまあまあだと思っていて、「このサービスさえ良くなれば」という気持ちで随分悩んだ。それでああでもないこうでもないと考えた。
 それで「良くしよう」と色々考えるのだがそうなると却って駄目になった。生長の家の「観世音菩薩讃歌」にも書いてあったが、自分の現状が不満足に感じるのは内側に完全があるからでだから、そうでない現象に不満足を感じて、それを「良くしよう」と焦るが曲は必ず完結すると信じて、今の曲の途中の過程を楽しむべしという事が書いてある。
 要するに自分の中に完全があるから、不完全な現象をつかみ、憂い、それを「良くしよう」と焦るのだけれどもそれではやればやるほど駄目になる。そして悩みは尽きないという事になる。それは何故かと言うと「完全円満」を自分の外に求めているから。
 そうではなくて、「今、そのままで完全円満である。」という事なのである。それは「神の国は吾が内にのみあり」という事である。悪い現象をつかんで良くしようではなくて、今そのまま完全円満であると感謝し、それでどんどん今に全力をぶつけて行く。その中で「今、そのままで完全円満」がより「完全円満」してそれが無限生長につながって行く。だから、「今、既に力が与えられている。完全円満だ、無限力だ」って言う自覚が何より大事で、そこに上達のツボがある。既に完全円満って事はそれでそれ以上伸びないって事じゃなくて、同時にそれはどんどん経験を通して無限生長するという事なのである。

堀 浩二
by koujihori | 2013-01-05 18:29 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

悪はナイ。(7)

 この世に悪はナイ。恐ろしいものは一つもナイという事が実感で分かって来たので書かせて頂きます。
 ここで何回か書かせて頂いた事ですが去年7月に母が86歳で大往生で他界しましたが、残された父が95歳の高齢で世間的に言うと所謂、認知症っぽかった。これはストレスが掛かると進行し、母が倒れた事で大部進み、認知症の最初の症状と言われる「お金を盗まれた」という妄言を盛んに言う様になった。去年の6月の事。
 私は認知症の事は世間で聞いた程度の知識しかなく、「大変だな」くらいの人ごとに思っていたが、これが父がそうなった事でかなり動揺した。お金を盗まれた云々はその後、口にしなくなったが暴言が多くなり、姉の友人の父親は認知症で暴言どころか暴力をふるったりして大変だったとか。私は父の認知症に対して本当に恐怖したのです。
 でもその後、ある生長の家の知人からある生長の家の婦人の姑さんが認知症でほとほと困ったがそれが全部自分の姿を映す観世音菩薩であると分かり、姑さんに謝ったら、姑さんの認知症の問題行動がぴたっと止んだ体験談とかを聞かせてもらって、私も勇気が出、父の暴言、小言、恨みつらみは私の姿だと気づかせて頂いた。私はちょっと直情径行の所があって、憤りを感じる相手に対しては容赦なくつっかかって行く所があったし、また自分の尺度で大部、他人を批判する性向があったのです。
 である程度、父も落ち着いて来たかに見えたのが母の他界後の8月以降。で父の面倒を私の家内が本当に良くやってくれて父は私の家内が大のお気に入りで助かった。しかし、家内はデイケアサービスで食事を作る仕事をしており、平日は家を空ける事が多い。父は会社のオーナーで私もその会社に勤めていて、母の他界後は父は私の車で毎日会社に行っていた。でも仕事をするわけでもなく社長室のソファで寝たり、従業員と雑談したりして過ごしているのですが秋になって会社に行かなくなる事が出てきた。そうなると家には誰も居ない。仕方が無いからそういう時は私が会社を休んで付きそうのだが、その間、家内が帰宅するまで父は文句を言いっぱなし。それを一日中聞かされる私も気が変になりそうだった。
 でも、生長の家の教えでは自分の心に無いもの、自分がかつて人に与えたもの以外、自分が与え返される事は絶対に無い。父のこうした暴言、批判、恨みつらみの言葉は全て、私の中にあるものもしくはかつて私が人に与えた事であるともう一度再認識。
 私は幸いにして生長の家の教えを頂いている。一切は自分の責任、心の影であると改めて大懺悔した。
 そうしたら本当に父が変わったのです。前の様な暴言は一切言わなくなり、実は家内の母が年末から危篤状態になり、家内は先月の28日から実家の宇都宮に行ったきりなのですが父は「お母さんを大切にしなさい。僕の事は全然気にしなくて良いから親孝行して来なさい」と気持ち良く家内を実家に帰してくれているのです。

 父は正に私に取って観世音菩薩様でした。観世音菩薩様って言うのは生長の家の本尊であると谷口雅春先生は仰っていますが、観世音菩薩は人々の心の状態を映して下さる菩薩様ですがそれは同時に有り難い神様仏様ですね。父が観世音菩薩であると分かり、有り難い神様仏様であり自分と一つの生命であると分かったら、父が恐ろしく感じる思いは自ずと雲散霧消して行きました。

堀 浩二
by koujihori | 2013-01-01 22:08 | 家庭生活 | Trackback | Comments(2)