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ユダヤ系財閥の陰謀も迷った人類の心の影である。

 人からどう思われるか、人から責任を追及されるのではないかという動機で行われる行為は見た目はサービス精神の様に見えて、その実、愛の行為ではない。
 今の日本の行政サービス、企業の経営姿勢の大方の状況がこういう状態である。例えば、差別用語の自主規制、よい子は真似しないようにの字幕、野良犬の一斉捕獲そして殺処分等々。

 これらはまだ人間の自覚が確立されておらず、自己を神において自他一体の無限生命であるという自覚が足りないからである。その自己が神の生命ではなくて肉体であるという迷いから自と他とが分断された孤立した存在であるという考えが生じ、そこから利己主義、金儲け主義、そして自己の信念に基づかない付和雷同が出て来る。そこから自然を破壊し、自らの首を絞める。
 その権化がユダヤ系財閥による世界支配の陰謀であるかも分からない。

 いずれにせよ、そうした具体的な巨悪集団が存在して日本国をそして人類を脅かすのではなくてそれは大方の人類の未発達の自覚、即ち吾、肉なりの迷いの投影に過ぎないのである。

堀 浩二
by koujihori | 2013-04-15 18:09 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

全ては神が内側から行う。

 吾々は神の子である。神の子と言う事は肉体ではない、神に生かされた生命であり、霊であるという事である。神は宇宙に満つる法則であり、聖、至上、無限、完全円満の生命である。
 その無限の神に生かされ、導かれているのが吾々一人一人の人間であり、従って何の憂いも不安も力みも恐怖も無いのである。神に支えられ、神に全託で大安心そのままが吾々である。

 従って、そのままでよいのである。こうでなくてはならぬという事は一つも無いのである。救わなくちゃいかんとか自分の心を清めなくちゃいかんとかそんな事は一つも必要無い。ただ、今そのままで吾々は神の子であり、神に完全に生かされ、導かれ、無限の神にただ抱かれ、支えられているのである。

 しかし、そのままであれという事は何もしないという事ではないのである。神は無限の躍動であり、無限生長であるから常に無限に活動し、生長し、展開するのである。

 実相独在であるから、先祖供養もしなくてよい、伝道もしなくてよい、国防もしなくてよい、戸締まりもしなくてよい。医療もしなくてよい。という事は無いのである。現象的に必要な事はその時と所と人に応じてどんどんやって行かなくはならないのである。それはある人は「現象処理」と呼ぶ人がいるのであるがそれは本当は正しくない。これでは実相独在の信仰の他に何かその時々に応じて人間が、肉体が、我(が)が個別に現象的に何か処理して行かなくてはならないというニュアンスになるのであるが、実相独在の実相の活動以外、一切存在しないのが真理である。
 そうした一見、現象処理に見える、医療とか事務処理とか先祖供養とか国防とか家の戸締まりとかも全て「そのままでよい。そのままで完全円満」という実相の働きの中から人事処に応じて内側から自ずと自然発生的な催しとして出てくるのである。

 だから、一切の現象処理において心を悩ます事は要らない。内側からの実相の自然の催しに応じて百%神に全託の中から神が自分を通して行う、神が支える働きとして先祖供養も国防もその他一切の現象処理をやって行けば良いのである。

堀 浩二
by koujihori | 2013-04-10 22:13 | 信仰 | Trackback | Comments(2)

ユダヤ系財閥の陰謀は現象に過ぎない。

 現在、日本国及び東南アジアひいては世界の情勢を鑑みるに非常に危機的な状況に陥っている様に見える。一昨年の東日本大震災とそれに伴った原発事故から人々の意識が変わり、経済至上主義で自然というものをないがしろにした生き方を日本人全体が学んだはずである。
 しかしながら去年の選挙で自民党が圧勝してからというもの現政権は原発推進に舵を取り、アメリカ多国籍企業の日本文化破壊計画のTPP締結に向けて走り始め、皇統の将来の安定的継承の為の女系継承に道を閉ざそうとし、また中国、北朝鮮との戦争への志向、その為の憲法、自衛隊法改正、子宮頸がんワクチンなる百害あって一利なしのワクチンの強制接種等々の亡国の政策を採り始めている。これらの現安倍政権による亡国の政策はある情報によればアメリカ軍産複合体、多国籍企業の陰謀下にあるからだと言われている。
 これらの陰謀は日本の生活文化、食文化を破壊し、日本女児を不妊にあるいは殺し、日本民族を衰退させ、金融ジャブジャブにより日本国債の暴落からの経済恐慌、そして皇統の危機、近隣諸国との戦争による多くの日本の若者の犠牲者を生み出す危険性がある。
 もうこうなっては日本はお終いである。

 だが、これらの事がもし真実であったとしても所詮、全て現象である。実相から観れば存在しない。ナイのである。それらのシナリオが仮に真実であったとしてもそれは唯物的思考で自然を、神を蔑ろに生きている人達が自分達で自分の悪業を刈り取るだけの事である。
 吾等は今そのままで神であり、完全円満であり、ここがそのまま実相世界、極楽浄土である。この世界はその実相と実相が自分で出てくる事しかないのである。
 従って、その実相独在の信仰を身につければ良いのである。世界が現象的に如何なる阿鼻叫喚の地獄図絵になろうとも「実相完全円満」の信仰を心に把持して神に全託しておれば何ら恐れるものはない。
 
 そして、その信仰をより多くの人に広める事である。そして、こうした地獄図絵は唯物論から来る自然から離れた迷いの結果であるから、実相独在の信仰を法施で伝えると共に物施で自然と共生した生き方を模索し、実行して行けば良いのである。
 それが伊邪那岐の神が黄泉の国の軍隊を桃の実で撃退し、禊ぎをされた働き、言い換えれば住吉の大神の宇宙浄化の働き、人類の迷いの念の清めの際のその自壊作用が出来るだけ悲惨なものにならない様にする為の生長の家の人類光明化運動、国際平和信仰運動なのである。

堀 浩二
by koujihori | 2013-04-07 19:56 | Trackback | Comments(0)

自然から離れた状態が人間の不幸となる。

 昨日、NHKのクローズアップ現代でやってたのが終末医療の事。今、延命治療を一切拒否するお年寄りが増えているのだそうです。それはとっても良い事。でも現実、それが出来ず、結果的に人工呼吸器とか胃瘻とかの延命処置を施されてしまうのが殆どだそうで。
 それは救急車で運ばれた場合、救命病棟としては出来る限りの延命処置をしないと後で家族に訴えられる可能性があるからだそうです。

 要するに保身なんです。医者の。
 後、犬の殺処分の事。最近、野良犬って先ず見かけないでしょう?これは保健所が片っ端から野良犬を捕まえて殺しているから。これも野良犬を放置したって事で住民から文句言われたりするのを恐れての事だと思う。
 また、近年のモンスターペアレンツなるもの。給食で頂きますって言ったら「どうして金払ってるのに頂きますなんだ」って怒鳴り込んで来る馬鹿がいるらしいけど、そういうのにも戦々恐々としているのが学校側。それから、最近、信号待ちしてて前の車がそれに気付かないでもずうっと待ってる車が多い。軽くクラクション鳴らして教えてやればいいのに。これも他人とのトラブルを出来るだけ避けようという保身的姿勢を感じる。

 これ、要するに我が身可愛さだと思う。余りにも管理されたそれは自然から離れ、神から離れ、左脳的な都会的な思考構造。それでお年寄りが本来の自然死が出来ない、犬も片っ端から殺される。そして町には肉をふんだんに使ったフォーストフードのチェーン店が建ち並び、組織的に大量に牛、豚を殺してる。
 こんな社会が良い社会の訳が無いのです。機械的文明、物質文明のみが肥大して、全然人間が幸福になっていない。これはやはり一度清算される時期が来るかも分からない。

PS でもそうならない様に出来るだけ人間の本来の生き方、人間と自然界の本来の姿を学び、伝え、自然との共生を目指す事を私は私の立場で私と志を同じくする仲間と推進したいと思う。それが今、生長の家総裁谷口雅宣先生の推進されている事。

堀 浩二
by koujihori | 2013-04-04 17:57 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)

完全を求めるなかれ

観世音菩薩讃歌より抜粋

「天の童子答えて曰く――
「されど吾に完全は見えず、
不備や欠陥
不足・不如意の多き世界のみ見ゆるなり」。
天使説き給う――
それは汝が〝神の子〟たる証(あかし)なり。
汝の内に〝完全〟の宿る証拠なり。
〝完全〟の尺度もちて
自己を測り
他人(ひと)を測り
社会を測るが故に、
足らざることのみ見ゆるなり。
〝完全〟の世界を今見んと焦燥すれば、
不足を想い
不如意を感じ苛立つ心起るなり。
現象の中に完全を求むることなかれ。
現象は時間と空間の制約を通し
実相が展開する過程なり。
過程は常に中途にして完璧ならざること、
楽曲が中途で完結すること能わざるが如し。
汝、人生の楽曲を正しく味わうべし。
曲の最中(さなか)に
完結を急ぎて声上ぐるは愚かなり。
曲は必ず完結するが故に、
心静かに曲の進行と転調を楽しむべし。
世界の実相、必ず完全なるが故に、
創造神(つくりぬし)を信じ
人生の変化と多様な進展を味わうべし。」

 吾々は自己の内に完全円満の神の生命を宿している。そして、それ故に現象にそれを実現させようとする。しかしながら、その故に現象の不完全さ自己の肉体の容貌や能力に満足が行く事が出来ず、いらだつ事、不満に思う事があるのである。

 しかしながらそれは「神の国を外に求める行為」と言わざるを得ないのである。自分の中にのみ神の国はある。今、ここ神の国であり、完全円満大調和の世界に今、吾々は住んでいるのであり、自分は今そのままで完全円満、無限力、容姿端麗である。それが実相であり、実相しかないのである。現象は単なる吾等の認識の映しであり、存在しないのである。

 だから、外に完全円満を求める事は要らない。無限力を求める事は要らない。眉目秀麗を求める事は要らない。既に今そのままで自己が完全円満であるから、良くしようとか出来ようとか分かろうとする必要は一切無い。
 そして、ただひたすら自己の完全円満さを信じて、今に集中して自己の生活態度を高め、常に無限力を高めるべく、無限生長すべく、ひたすら自己訓練にいそしむべし。
 すぐに出来よう、分かろうとする必要は無い。

堀 浩二
by koujihori | 2013-04-02 13:16 | 信仰 | Trackback | Comments(0)