<   2013年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

本人の自覚が大事

 よく生長の家でノイローゼとかの人に「あなたにはこれこれこういう人(祖先)の霊が掛かって来ているからよく供養して上げなさい。そうすればノイローゼは治りますよ。」とか言う指導がされる。
 こういうのもある面、正しい。霊視能力のある人はそういう迷った霊を見る事が出来る人もいるだろう。実際、その人がノイローゼとかになっているのはそうした迷った霊が掛かって来ている、要するにこういうのを霊障というのだけれどもそれが原因であるのはほぼ百%である。
 で、だからと言って、その霊を悟らせる為に供養をする、もっと端的に言えばノイローゼを治す為に供養するというのはこれは間違っている。
 間違っているというか最初はそれがきっかけでも良いが何時までもそういう心境に留まるのは良くない。

 要はそうした迷った霊に掛かられるのは掛かられる本人にそれを引きつける迷いがあるのであるから霊を供養云々よりも本人が「人間神の子無限力であり、人間はそのままで完全円満である」という強い自覚を持つ事が一番大事なのです。
 迷った霊に掛かられるというのはその本人に自己がそのままで完全円満であるという自覚が無くて、その本人にも他に依存する心、要するに神の国を他に求める心要するに弱い心があるから。
 それを払拭する事が何よりも大事。それが出て来たらその迷っている霊が「既にそのままで救われている」という実相が明らかになる。だから、それをこれから救うなんてしなくて良いし、もしその中で何となくその人の霊牌を書きたくなって、それを生長の家の供養祭に出したくなったらそれをすれば良いと思う。でもそれもあくまで既に救われている相手の実相を観る中から自ずと出て来る行為として行われるべき。
 
 そして本人の自覚がしっかりしたら自ずとそれが先祖の供養につながる。子孫が先祖の前で供養するというのは建前は先祖供養する事で先祖の霊が悟り、今まで迷いの念を送って来て子孫が色んな病気になっていたのがそれが無くなって却って守護霊になって子孫が栄えるという事ではあるが、本当は先祖に対しての感謝の表明であり、迷った先祖の存在を認めて、聖経を読んでやるから悟って、これから迷いの念を送って子孫を苦しめないでおくれというものではないとは雅春先生のご指導にある通りです。
 
 本当は迷った先祖に聖経を読んでいる様に見えるのは現象の事であって、実は読んでいる本人が聖経の真理を悦んで読誦している。そして、その悦びの内にはそのままで既に救われているご先祖があり、ただただそうしたご先祖への感謝の心、そしてそれに報いる為の真理のお経の供養という行為に現れているのですよね。

堀 浩二
by koujihori | 2013-08-08 09:54 | 家庭生活 | Trackback | Comments(0)

本当の救いとは

 本日は8月6日であり、広島に原爆が投下されて68年目に当たる。広島市長は核兵器根絶を誓い、日本政府にも核兵器反対の立場を取る様に要請したらしいが実際は政府はその反対の方向に向いている様である。
 相も変わらず唯物論で動く自民党政府だがところでアメリカ国民の5割がいまだに広島、長崎への原爆投下は間違っていなかったという世論調査が出ているそうである。
 実際、アメリカのスミソニアン博物館で原爆の悲惨さを伝える展示会を企画、運営した元米軍兵士にはアメリカ中から誹謗中傷がなされ、その本人の妻は夫の行動が理解出来ずに離婚したそうである。
 広島、長崎に原爆を投下した事でそれが戦争の早期終結を促し、本来だったら日本本土決戦で数十万人死ぬはずだった米兵の命を救ったなどというのはとんでもないご都合主義であるのは言うまでも無い。
 人間は余りにも罪が深いと罪の自覚がまるで無い。それは本来の神性の上に迷いのごもくたがうずたかく積まれていて、本人に全く良心の呵責が無いからだ。
 
 しかしながら、罪のごもくたが多少なりとも少なくなって来ると却って罪の意識にさいなまれるものだ。それは本来の神の生命の神性が罪のごもくたを下から多少なりとも燃やすからである。それにより煙がもくもくと上がり、それが本人に取っては煙くて仕方が無い。それが猛烈な罪の意識である。
 スミソニアン博物館で原爆展示会をやった元米国将兵は他の米国人とは違って幾分、神性が目覚めていて、猛烈な罪悪感が芽生え、その為に贖罪として少しでも多くの人に核兵器の恐ろしさを伝えたいという気になった。
 
 しかしながら本当の神の子完全円満の自覚というのは原爆を落としたアメリカも無ければ被害にあった広島・長崎の人達も本来無いという実相独在の自覚であろうと思う。
 そこに到達しなければ誰も本当の意味で救われる事は無いと思う。


堀 浩二
by koujihori | 2013-08-06 21:27 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

これから起こるであろう事

 現在の日本の状況というのは正に唯物論が崩れゆく過程の始めの段階にある。唯物論とは目先の物質的利益を求める行為、即ち金儲けであり、それは現在の自民党が進めている大企業及び官僚などの利益最優先の考えから公共事業乱発であり、又その結果に伴う自然破壊、地球温暖化である。
 そして、大企業の金儲け第一故に原発再稼働推進、海外への積極的輸出、そして、法人税引き下げ。医薬万能主義による国民の薬付けとそれに伴う認知症などの重大な副作用、そして寿命を迎えている老人を不自然な延命医療により徒に死期を遅らせ、本人に地獄の苦しみを与え、かつ癌患者には殆ど効果の無い抗がん剤を与え、それにより命を落とさせている。これらはやはり製薬会社などの医療ビジネスの金儲けになっている。
 そして本来だったら必要の無かった消費税増税(法人税が不当に下げられており、また天下りや各種利権に群がる役人の白アリ状態も解消すれば消費税増税は必要が無い)も財務省の官僚の陰謀により庶民の生活など二の次三の次で実行される見通しである。これも唯物論の金儲け主義である。
 そして何と言ってもTPPである。これは完全にアメリカの多国籍企業の金儲け第一の勢力が日本に入ってくる為のものであり、これにより日本のメリットは全然なく、アメリカのハゲタカどもに日本の国土も風土も生活も滅茶苦茶に収奪されるだろう。
 そして、軍産複合体の金儲けの為に日本と中国の緊張状態が演出され、それに伴いオスプレイ等の欠陥輸送機も続々日本の米軍基地に配属され、今後、消費税増税、TPPにより日本社会は今とは比べものにならない位、不景気な荒れた状態になるであろうから日本の若者の就職口が無い。
 そうなると自衛隊に入る若者が増え、また、こういう社会的に荒れている状態というのは他国への不満を煽る政策が採られるから中国憎しの世論がマスコミによりより煽られ(これは大東亜戦争開戦直前の日本と状況が似ている)、日本国憲法は戦争をしやすいものとして改変され、そして日本国防軍が出来、集団的自衛権を獲得し、日米同盟の元、アメリカの対テロ戦に日本の若者が最前線にかり出される事になる。
 これは唯物論というのは物質主義であるから物質というのは生命ではない、死であるから唯物論は死の文化であり、それは自ずと戦争につながるのである。
 
 そして唯物論は神や自然を否定し、これを破壊するものであるから、金儲けと敵を殲滅する戦争の為の最終兵器として核兵器を作り、原子力発電を作った。それにより放射能の被害は必ず起こって来るのであり、現に福島では既にそれが現実のものとなっている。

 この様に現在の日本は唯物論(資本主義の跳梁跋扈、戦争、医薬万能主義による薬付け、原子力による放射能被害)という人類の迷いの最大限に積み重なった状態となっている。
 それはバベルの塔の如くうずたかく積まれている。バベルの塔というのは人間が人智で天に近づこうとしたものであり、それは傲慢の極みである。
 それが現在のクローン技術に代表される様な神をも恐れぬ生命操作技術、バイオテクノロジーである。
 そうした傲慢の極みは神により瓦解させられたと旧約聖書にあるが神は愛であるから人間に罰を与える事は無い。それは人間の我(が)の迷いがうずたかく積まれたものが自壊しただけである。迷いが自壊する時は傲然とした響きが出て来るのであり、人類の唯物論という迷いが自壊する時は少なからず苦痛が出て来るのは仕方がない事である。
 それが戦争や放射能の汚染やその他の天変地異であろう。

 去年の衆議院選挙、そして今年の参議院選挙で自民党が圧勝したのはこの様に自分達に大変な被害を及ぼす政党であると潜在意識的に多くの国民が分かっていたにも拘わらず、蛇ににらまれた蛙が自ら蛇の口に近づいて行く様に迷いが自壊する際には自ずと自分達をそういう運命にいざなって行くそれは一つの自己処罰行為であると思われる。

 しかし、そうした唯物論が瓦解した後には必ず御心の天になれる世界が地上にも現れる。それが第二の天孫降臨であり、その世界は実相世界が地上に顕現した世界、それは皆がお互いを神の子として尊敬しあい、愛し合い、与え合い、またエネルギーは自然再生エネルギーから取り、そして自然と共生し、食料は地元で取れたものを皆で食し、ライオンとシマウマが合い戯れている恒久平和の世界である。

 そうした第二の天孫降臨の前の人類の唯物論の迷いの自壊作用が出来るだけ悲惨なものにならない様に一人でも多くの人類に唯物論の迷妄から解き放たれる為に唯神実相の生長の家の真理を宣布して行く事が大事であろう。
 
 それと共に自然を保護しかつ自然と共生する生活を自ら実践する事が大事である。唯物論者達を攻撃するだけでは駄目である。それはヘラクレスが妖怪ヒドラを退治するのにただ力ずくでその頭を切り落として行っただけではらちがあかなかったのがその命の実相を観て自己の命の内に取り込んで行った時、初めてこれを制圧する事が出来たというギリシャ神話にある様に唯物論者達の実相を観て、それを善導する様にしなくてはならない。

堀 浩二
by koujihori | 2013-08-06 12:42 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

そのままで完全円満。

 吾々は今そのままで完全円満なのである。それは肉体の事ではない、現象の事ではない。肉体は現象は所詮不完全である。現象の奥の、肉体の奥の吾々の実相生命、神から与えられた本物の生命は完全円満である。それも始めの始めから。今そのままで。既に。

 それを自覚する時、そこに発展がある。学びがある。そして訓練と勉学も自ずと為される。何故ならば完全円満そのまま無限生長であるからである。

 従って「そのままでよい」今そのままで完全円満であると同時にそこから無限生長が出てくる。いくらでも進歩するのである。
 それをそう思わないで「良くしよう」とするからどうにもならなくなるのである。

 私はテニスをやっているがテニスのサービスでずっと悩んでいた。実はここ一ヶ月位、打ち方をかなり変えた。ラケットの引き方、体重移動のさせ方と。そうしたらどうも調子が狂ってしまって、力強いボールが打ててない実感がしていた。それで何が悪いのだろうと思って散々、研究した。プロのビデオも散々観た。そしてテニスクラブで日没まで一人でサービス練習をした。それでああでもない、こうでもないと試行錯誤した。迷いのドツボにはまってしまった。それでもちろんサービスは全然良くならない所か迷いは深まるばかり。
 しかし、今日、テニスクラブで試合をしている内に「こうしてみよう」というのが内側からインスピレーション的に閃いた。それは肩を縦に回す事と肘を使う事だけれどもこれをやって見たらためのある威力のある納得の行くサービスが打てた。私は長い迷路からやっと抜け出せた。
 私は思った。「ああ、私のサービスはそのままで良かったのだった。そのままであれば内側からこうしたら良いというのは直感的に分かる。それをそう思わないで良くしよう良くしようとしたから却って悪くなったのだ」と。

 吾々は今そのままで完全円満である。そこから無限生長があり、より良くなるのだ。

堀 浩二
by koujihori | 2013-08-02 21:07 | 信仰 | Trackback | Comments(0)