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吾々は今、完全円満である。そのままでよい。

 世の中には整形手術を繰り返す人がいる。それは何十回も整形手術を受けるのだ。で、そういう人はもうこれで良いと言う事は無い。いくら整形を受けても「まだ駄目だ。まだ自分の理想とは違う。」と思って、また、整形を受ける。
 そうこうする内に顔はぐちゃぐちゃに崩れて行くのである。これはどうしてそうなるかと言うと、その人は完全を求めているからである。その完全は既にその人の中にある。完全な容姿という理想がその人の中に宿っているから飽くことなく完全な容姿を求め続ける。
 しかし、それは同時にその人は「自分の今そのままは完全円満ではない」と思っているのである。それが迷いなのである。吾々は肉体の奥に完全円満の神の生命を宿している。それは容姿端麗、無限力、無現智、完全円満である。だから、それを求めるのであるが、それを今はまだそうでないとしてそれを「良くしよう」とするから、いくらその良い、理想を外部に求めて、色々やっても自分の自覚が「まだ駄目だ。」と思っているからいくら整形をしても、自分の容姿が不完全に感じられるのである。
 吾々の周囲の現象、それは自分の肉体、能力も含まれるがそれは吾々の「今、自分が何であるか」という自覚の映しであり、鏡であるのである。だから、今の自分が不完全であると思っている限り、いくら外形を整えてもその外形は不完全に感じられる。

 吾々は今、完全円満、無限力、無限智であるのである。それが分かれば今、悦べる、感謝が出来る、明るくなれる、そして周囲に愛を与える事が出来るのである。
 それをそう思わないから自分を良くする事にやっきになって、利己主義になり、勝手になり、そして自分の「自分はまだ駄目だ」という自覚の通り、何時まで経っても醜いのであり、不完全であり、能力が発揮出来ないのである。

堀 浩二
by koujihori | 2013-12-21 22:14 | 信仰 | Trackback | Comments(1)

人間が肉体ではないという意味

 人間は肉体ではない。それが真理であり、全ての事はそうでないと説明が行かない。肉体は道具であり、表現体に過ぎない。人間の本体は理念であり、それは永遠不滅のものである。

 全ては理念が原型である。そして、それは必ず表現を求める。そしてその表現は無限生長を求めるのである。それがものごとの道理であり、真理である。だから、人間は肉体ではないのである。

 そして、肉体の欲望即ち、食欲、性欲、睡眠欲は肉体を維持、継承させる為のものであり、それ以上でも無ければそれ以下でもない。それを第一に考え、拡大させれば、本末転倒であり、却って肉体の消耗を招く。そして終いには滅びの運命を辿る。

 だから、古代よりことに日本文化においては女性の肉体の官能的な部分は着物という衣服により抑えられて来たのである。帯により胸の膨らみを腰の帯の結び目は臀部の盛り上がりを目立たなくするものであった。古代の人々は多分に霊的な感性を持っていたのである。
 しかるに現代女性においてはミニスカートなど女性は出来るだけその肉体の官能的な部分をさらすファッションになっているがこれは肉体の欲望こそが人間の本来の願望であるという事のメッセージであり、人間は肉体であるという迷妄の現れなのである。

 精神文化的には人類は却って退歩しているのである。

堀 浩二
by koujihori | 2013-12-20 22:55 | 哲学 | Trackback | Comments(0)