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対称性と非対称性

 スポーツにはコツとかフォームがある。しかし、それは全て言語による理屈で表現する事は出来ない。
 映画「燃えよドラゴン」で主人公リーが若い弟子に
「don't think! feel!(考えるな!感じるんだ!)」と諭したのと同じ事だ。

 要するにテニスのサービスでは肩を回す事、肘を使う事等のコツというかフォームがあるがそれが全てではない。言葉で表現出来ない勘所の様なものがある。だから理屈とか理論にとらわれても駄目だ。かと言って理論を抜きにしてもこれまた駄目。理論と勘というかフィーリングを上手くバランスさせる事が大事。


 要するにこれは全てに対して言える。これは人間の頭脳に右脳と左脳がある事がそれを象徴している。
まとめて見よう。
理論的な事-左脳、言語、デジタル、都会的、排他的そして非対称性
直感的な事-右脳、アナログ、自然、包容的そして対称性

 というくくりになるだろう。対称性というのは自他が一体というか例えば牛と人間だったら共通点はほ乳類であるという事、頭が一つで手足が二本ずつ等。要するに両者に共通の所を見いだし一体感を持つという事だ。
 またその反対に非対称性というのは同じく牛と人間だったら牛は単なる家畜で言語も持たないし、四つ足で人間とは異なる部分が沢山あり、だから牛と人間は共通ではないバラバラの存在であるという考えだ。

 でこの左脳的働き、非対称性も右脳的働き、対称性もどちらも人間には必要であるという事。即ちスポーツとか武道のやり方も理屈の部分と理屈では表現出来ない勘の部分と両方ある様に。

 そして、現代社会は余りに左脳的文明に偏り過ぎている。そして都会偏重になり、自と他とが隔絶し、非対称性になっている。そして自然を軽視し、破壊している。そういう都会文明がいびつに発達し、自然を破壊している所に現代社会の最大の問題がある。
 それが現代の地球温暖化の問題であり、異常気象であり、人間も自然の一部であるから人間自体もおかしくなって近年、異常な殺人事件が多発しているのだ。

 今こそこの左脳偏重の非対称性の文明を脱却し、右脳をもっと活用し、理論ばかりではなくよくもの事を感じ、そして自然を大切に自然と共に生きる生き方を人類が取り戻さねば人類はこの先、生存不可能だろう。

堀 浩二
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by koujihori | 2015-08-26 22:39 | 環境問題 | Trackback | Comments(0)

裸婦デッサン

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by koujihori | 2015-08-24 15:08 | 芸術 | Trackback | Comments(0)

自分が何に向いているかが今分からなくてもとりあえず今目の前の事を一所懸命やってみること

 「浩二は何に向いてるか分からないよ。」

 これは私が父の会社に入りたての頃に父が私に吐露した嘆きの言葉だ。

 私は大学は経済学部経営学科を出た。要するに専門的には会計が本旨の学科だ。私は大学四年の時に簿記三級を取り、それから就職は機械商社に入った。これは父が機械メーカーをやっているので将来父の会社に入る事を念頭に入れての選択だった。
 私はその会社を三年で辞め、父の会社に入った。そして最初は営業に配属された。しかし、私は元々文系。機械知識に関しては乏しく、理工系の素地も無いのでコンプレッサという割合、機械的知識、理工学的素養が無いと困難な営業をやるには非常に四苦八苦した。高専卒の廻りの先輩社員の方がよほど製品知識、機械知識、理工学的素養に長けていたので私は非常な劣等感を持った。
 その時だった。冒頭の父の言葉があったのは。

 私自身も人生の迷路に迷い込んだ様な気がして途方に暮れたものだ。私は元々会計方面をやる為に父の会社に入ったので程なくして営業から総務経理に移った。それが30歳の時。そして、経理担当の女性の上司の下、その後7年ほど経理総務の仕事の下積みをした。その間、簿記は二級を取得し、字が汚いという指摘があったのでペン習字教室にも通った。その間うだつの上がらないのは相変わらずだった。

 その後、私の人生はますます急降下して行き、どん底になった。そこで人生上のかなりの試練を味わったがそこから復帰した後、程なくして女性の上司が退職して私が経理総務の責任者になった。その辺りからだ。自分の天分がようやく分かって来たのは。
 私は組織の管理経営要するに組織のコーディネーターに向いていると確信するようになった。38歳の時である。

 そして社内で評価制度の導入、新卒社員の募集活動など今まで会社になかった事を新たに開拓し、かつISO9001の責任者などの仕事を経てその感をますます強くしている。

 現在は営業に関しても部長代理である程度の影響力を持っているがそれも三年間の機械商社での経験と二年間の今の会社の営業経験がものを言っている。

 だから、自分の今までの人生で無駄な経験は一つも無かったし、その時に自分に廻って来る事を一所懸命やっていれば必ずそれは将来の肥やしになるという事だ。

 自分が何に向いているかなどという事は若い時は中々分からず私などは30台後半でようやく分かって来た。私の場合はエンジニアとか会計専門という単純なくくりにならなかったので自分でも何が天分なのか分からなかったのだ。

 だから自分の天分が今分からなくても今目の前の事をとりあえず一所懸命やっていれば将来必ず自分の本分の役目と仕事に役に立つという事だ。

PS 人間は神に生かされた神の子である。内に無限の可能性を秘めている。そして個人個人にはその人でなくてはならない天分が誰にも必ずあるものだ。

堀 浩二
by koujihori | 2015-08-19 12:34 | 社会生活 | Trackback | Comments(0)

裸婦デッサン

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by koujihori | 2015-08-14 09:44 | 芸術 | Trackback | Comments(0)

神様は決して解決出来ない問題は与え給わない。

 この世界は色々な試練とか不幸が来る事がある。しかし、神様は絶対に解決出来ない問題は与えないという真理を知っていればどうという事は無い。
 神様が与えると言ったが実際は過去の自分の行動とか心持ちが現在の自分の運命とか健康状態とか能力の有る無しを決定している。他の誰かから不可抗力的な力が働くのではない。全て自分から発し自分に還る。
 現象は完全に自分の過去の心と行動の結果なのだ。それは自分が過去に作った問題みたいなものだから必ずどんな困難が出て来ても自分の心を変える事により解決出来る。如何なる病気でも過酷な運命でも元の元の原因は自分の心だから必ずそれを改善する事が出来る。そして、その現象の不幸とか過酷さは自分の心持ちの悪さを教えてくれている神様の導きだ。神様というか観世音菩薩は人間の心を観じてそれをその通り映し出して下さる事で人間に導きを与える。その現象の結果を見てそれをよく自己反省して改めれば必ず目の前の不幸は消える。これが神様は決して解決出来ない問題は与え給わないという事だ。

堀 浩二
by koujihori | 2015-08-07 12:46 | 家庭生活 | Trackback | Comments(0)

肘の痛みが教えてくれるもの

 数ヶ月前にテニスのサービスの肩の使い方が分かり、ラケットを持つ方の肩の肩胛骨を出来るだけ後ろにそらせ、真上から見ればくの字になる位にすると良いと発見し、サービスのスピードが増したがどうもここ一ヶ月くらい肘が痛かった。で、その痛みと腫れは手先まで伝わり、字を書くのにも支障を来している位だったが、その原因が今一つ分からなかった。

 で、どうも良くなったはずのサービスもここ三週間くらい、スピードがいまいちと感じ、太陽が目に入るとからきし駄目。でも上級者は私と同じ位置から打っても良いサービスを打っている。これはやはり私の打ち方にまだ課題があると思って壁打ちの練習をして見た所、私は肘を使っていなかった事が分かった。肘を使って打つのは今から10年ほど前にクラブで元全日本クラスのSさんから教わっていたがそれを忘れていた。それで現在の打ち方に肘を使う事を意識して打ってみたらスピードが2割ほど増した。肘の痛みも肘を使わないで打っていたからと判明した。

 その後、コートでサービスを打ってみたら、フラットサービスがきちんとサービスエリア内に入ってかつそのままダイレクトで後ろのフェンスを直撃した。これは私の30年のテニス歴で初めて。本当に嬉しかった。プロとかはみな、サービスエリア内に入ったボールはノーバウンドでフェンスに届くが素人でそれが出来る人はめったにいない。だから本当に嬉しかったのだ。


 私は今までサービスの技術が進歩する時の直前は決まってパフォーマンスが落ちる。でもその事がその時の課題を教えてくれているという事であり、また今回は肘の痛みがあったのだがそれは本来でない打ち方をしていればどこかに故障や痛みが生じるのであり、その痛みが本当の事を教えてくれている。

 これはテニスに言える事だが、人生万般にも言えると思う。何か病気とかその他の不具合が生じて来たのは自分の行動や考えにどこか本来でないものがあるのを教えてくれているのだ。だからそういう人生の不幸と一見見える様な事でもそれは神様のお導きなのだ。

堀 浩二
by koujihori | 2015-08-03 12:29 | スポーツ | Trackback | Comments(0)