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迷いは必ず自壊する。

 先日、生長の家総裁谷口雅宣先生も話されていたが現在、世界中で右翼化というか孤立化、対外排除というか国家主義が盛んになり、そうした政治家の支持率が上がって来ている。
 イギリスのEU離脱、トランプの様な過激な排外主義者、そして日本の安倍政権と。

 それは一人一人の存在がバラバラで孤立化しているという唯物論というか迷いの現れであり、その事が自分の国さえ良ければという国家主義、それに伴う排外主義につながり、他民族蔑視、他宗教否定ことにトランプ氏などのようなイスラム教徒排除思想になっている。
 これは世界的傾向であり、現在の安倍政権もその一つであると言えると思う。安倍政権はご存知のように憲法違反の安保法案でアメリカと同盟して仮想敵国を明らかに中国としてそれをASEAN諸国と囲い込みに入ろうとしている。これは明らかに中国、北朝鮮を悪と決めつけてそれに対しての戦争準備の心である。

 そしてその安倍政権の思想的背後にあるのが日本会議であり、それは生長の家別派でもある。それは生長の家の運動の中心である生長の家大神-生長の家総裁-御教えに中心帰一出来ず、以前の生長の家の運動の中で述べられた文章や言辞にとらわれた原理主義であり、その文章のみが正しいと固執しているのであるからその奥の久遠の生命が分からず従って全ての正しい宗教の奥にある無形の真理が分からないから万教帰一が分からず、それが排外主義であり、唯物論である。
 要するに生長の家別派即ち生長の家原理主義者は唯物論であり、それが日本会議であり、その思想で動いているのが現在の自民党政権、安倍政権である。

 この流れは現在、表面的に隆盛を誇っている。選挙では先ず負けないし、心ある人の心、運動はその大勢の流れの前には無力にも見える。

 だが決して絶望的な状況ではない。それはやはり雅宣先生が指導される対称性、非対称性の問題に帰する。
 対称性というのは自他一体の考えであり、それは霊的な思想、全ては神において一体であるという考え方であり、非対称性というのはその真逆であり、それぞれの存在はバラバラであり、自分以外のものは自分ではない。だからこれを敵として排除する、駆逐するという思想であり、それが正に今の安倍政権そして世界の流れであり、それは又都市化にもつながりひいてはそれが環境破壊、地球温暖化につながっている。安倍政権になってから温暖化防止の為に省エネをしようという声が一切聞かれなくなったのはその為である。
 それに対して雅宣先生というか生長の家は対称性の論理を重んじ、全ては神において自他一体という思想の元、環境保護、地球温暖化の運動を大々的に行っている。そして対称性の論理の「結び」という事を強調し、総本山の龍宮住吉本宮でもそれまでの住吉大神の他に天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神近の三神をお迎えした。
 そして非対称性の論理の権化である安倍政権を明確に否定する方針も打ち出した。

 これらの運動は皆、ムスビの運動の展開であり、対称性の論理の現実化である。

 迷いは必ず自壊する。真理は必ず実現する。実相は必ず顕現する。現在、世界的に非対称性の論理で排外的な右翼的な現象が起きているがそれは迷いが自壊する直前の姿であり、だからこそ表面的に隆盛を誇っているかの様に見えるのであり、それは時が経てば必ず滅び去る。
 そして、生長の家の唱えるムスビの運動がこれからいよいよ本格的に出て来る。

 雅宣先生もそこの所を見越して、参院選で衆参2/3と獲られてもその背後に生長の家原理主義者達がいても泰然自若としておられるのではないか?それが週刊誌のインタビューでの「彼ら(原理主義者達)は自壊する。」のお言葉になっているのではないかと思う。

堀 浩二


by koujihori | 2016-08-31 10:04 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

現在の自民党の経済政策とは?

 好景気の方が不況より良いに決まっている。しかし、現政権の経済に重きを置く政策というのは経団連の利益に供するものであり、かつ人々に大量消費、大量投棄を促すものであり、それは自然破壊につながり温室効果ガスを大量に排出するものである。

 現在のアベノミクスなる経済至上主義は大企業の寄与するものであり、それは自然破壊、地球温暖化につながる。そして大企業のみが儲けに預かり、これらは非正規労働者を安価で雇用して事業を運営している。この経済構造は大企業のエリートサラリーマンのみがその恩恵を享受し、大多数の庶民は搾取され、かつ自然破壊が進む構造なのである。

 だから自民党の推し進めるアベノミクスなどは本当の意味で庶民の生活向上にはつながっていない。ますます都市化を進め、地方の過疎化を促進させ、経済格差を広げ、経済困窮者、それに伴う結婚率の低下、出生率の低下につながる亡国の政策なのである。

堀 浩二


by koujihori | 2016-08-26 08:51 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

人間は肉体ではない。

 年齢的にここ数年色々な人の葬儀と火葬場に臨む事が多い。自分の父母、家内の父母、叔父叔母等々。
 火葬が済んで骨を拾う際、火葬場の人が
「これがのど仏でございます。」と必ず言う。何かのど仏に意味があるのか?と思う。で生前入れていた人工関節だとか人工骨なんかも顕わになって
「これはどう致しますか?」なんて火葬場の人に聞かれる。

 こう思うと人間の肉体なんてはかないものだなと改めて思う。最後はこんな灰になって小さい骨壺に入れられるのかと。

 そうなると生前如何に地位とか名誉とか強健な肉体を持っていたとしても最後はこんな風になってしまうという事だと人生が空しくなるだろう。そしてどうせ灰になるんだから生きてる内は出来るだけずるをしてワルをして人から奪い金儲けをして肉体的快楽をむさぼった方が良いなんて考えも出て来ると思う。

 しかし、これでは道徳地に落ち世の中は乱れかつ個人的にも人生に本当の意義を見出す事は出来ないだろう。また、そうした間違った人生観で悪い事ばかりしておれば悪業を積み重ねる事になる。

 人生は肉体が死んで終わりではない。人間は肉体ではなくて肉体を肉体の形に配列させている理念が人間の本体である。それは死んでも死なず肉体死後も永遠に生き通す。その理念の表現が肉体であり、肉体が失われた後はその表現は霊体として霊界でその表現活動をする。そして何回も生まれ変わり色々と学ぶ中でその内側の理念として存在する無限の可能性を徐々に表現して行く。
 それが人生である。そうなると人生に生き甲斐が出て出来るだけ人格と能力を高めようと努力し、その中から立派な生き方も出て来るし社会的な道徳も保たれて行くだろう。

堀 浩二
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by koujihori | 2016-08-18 09:42 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

嫉妬について

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 伊調馨がオリンピック四連覇という前人未踏の偉業を達成した。またその他にも女子レスリングは二つの金メダルを取り、吉田沙保里はこれからだ。

 ところでこの吉田、霊長類最強女子と言われているらしいがとにかく強い。で、ことに外国人で可愛い顔をしてる選手には俄然燃えるのだそうだ。だから強いのか。

 要するに可愛い顔をしている相手には「この野郎絶対負けるか!」と思うのだろう。これは要するに嫉妬だ。
 こんな一流選手も嫉妬があるのだなと思った。

 人間というのは嫉妬の強い生き物だと思う。嫉妬はおんなへんを書くが男の嫉妬もすさまじい。特に会社とかの組織で出世競争に負けたりすると顕著に出て来ると思う。私はこの嫉妬が大嫌いだ。自分が嫉妬するのもされるのもとても嫌だ。


 そもそも嫉妬というのは相手が自分より美しいとか豊かだとか優秀だとか思うと出て来る。だから自分に絶対の自信を持っていれば他人に嫉妬しなくて済む。
 そもそも人間は皆自分の中に無限を持っている。みんな無限を持っているという事はその無限は共通のパイがあるという事でこれを神と言う。その全宇宙に拡がる無限の神を共通項として色々な個性ある表現がされる。それがそれぞれの人間であり、地球には70億人いる。神は無限であるからその表現も無限であり、地球には70億もの異なる個性ある表現としてそれぞれの人間が存在する。

 それを自覚すれば他人に嫉妬などしなくてよい。それぞれが神を通して命の兄弟として拝み合いかつ自分と異なる個性を表現している相手を讃嘆出来るというもの。

 そうした心境に高め上げてくれるのが宗教の本来の目的だろう。

堀 浩二

 
by koujihori | 2016-08-18 09:14 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

内なる無限を掘り当てる。

 私はテニスに関してある程度の上達はしたと思う。サービスの技がほぼ完成し、どうやったら得点出来るのかの肝もつかんだ。

 私は15年前に近くのテニスクラブに入り時間を見つけて出来るだけコートでゲームをしている。また毎朝素振りを欠かさない。
 間違った反復練習をその中でしていた事もあるがこうした努力と訓練と研究は決して無駄になっていないと思う。

 大体、努力とか訓練とか研究というのはどこから来るかと言ったら吾々の中にある無限から来る。無限の力や才能が表現したがっている。その力が練習とか研究となって出て来る。
 その中から内側の本物の才能や力が表面に出て来る。それは逆に考えれば内側に無限の宝があるのを掘り当てる作業とも言える。それが研究であり訓練だ。それらが例え間違ったものであってもそれは内なる宝を掘り続ける作業である。そして掘り当てたらそれが上達という訳だ。

 反復練習というのはそれをする事により潜在意識にその動作を刻印する事で自動的にスムースに練習した事が出来て行く事でこれは何かの道に志すものは必ずしなくてはならない。それをする事により内側の宝が顕在化する。しかし、間違ったやり方で反復練習すると間違った動作を憶えてしまう事にもなる。だがそれもやはり、内側の宝を掘り当てる作業なので決して無駄にはならない。
 
 要するにこうやると上手くいかないという経験を得るという事でそれも上達の一歩と言える。

堀 浩二
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by koujihori | 2016-08-17 12:45 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

人間は単独では力を発揮する事は出来ない。

 人間は実力と共に人間関係というのが非常に大事だ。これは政治的に強者に取り入る事により自分の地位を固めて行くというのとはちょっと違う。

 人間は己の力だけでは本当に力を発揮する事は難しい。いくら自分に素晴らしいセンスと力量があっても人とのコミュニケーションに乏しければその力を発揮する場を与えられる事も無ければ必要なアドバイスとか助力を得る事も出来ない。
 それは人間は元々単独の生き物ではなくて全体と一体の存在であるからだ。要するに肉体という個体ではなくて心的霊的存在であり、他や全体と一体になって関わりを持つ中で初めてその存在価値が光り、その個性も才能も生かせる。

 だから常に人に対して感謝とそしてその相手が困っている時は自分に出来る助けを施す事が大事だ。
 その為にはこの世界が実は自他一体の世界であり、それは神において自他一体であり、この世に自分の冒す存在は実は存在しないのであり、何か自分に害するものが見える場合は自分にそうした心があるのを映してくれているだけであると知る事が大事だろう。 

堀 浩二
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by koujihori | 2016-08-08 12:23 | 社会生活 | Trackback | Comments(0)