何も食べない人

 またまたフジテレビの番組「アンビリバボー」からの題材である。この番組はひいき目ででなく、今までのいい加減のオカルト番組とは違って、非常に信憑性があるし、また良心的であると思う。
 ところで私が今回引用したいのは先日の5月5日に放送された「アンビリバボーな食生活」と題された回のものである。それはイギリスの15歳の少年が生まれてこの方ジャムパンしか食べないのに健康に全く問題なく、医学的に血液検査等色々検査しても数値的に全然問題ない健康体であるというのである。
 そして、それをしのぐのがロシアの68歳の女性、ジナイダ・バラノアさんである。この人は何と食事はおろか水さえも一切口にしないのである。何故、その様になったかと言えば、それは12年前に一人息子を事故で失った事により、精神的ショックを受け、食事も出来ない程衰弱してしまったの事がきっかけだそうである。
 何も食べられないジナイダさんは衰弱がひどくなり、もう死を待つばかりになったかに見えたが何と次第に彼女は精気を取り戻し、同時に息子さんの死も受け入れられるようになったという。
 それ以来、ジナイダさんは一切の水分も食物も摂らないで元気に毎日、生活を続けているのである。テレビで実際の彼女を見た感じでも顔の色つやといい、肉付きといい、生き生きとした表情、動きといい、全くの健康体の女性である。そして大学の医学部の研究チームが彼女の本格的な体内検査を行ったところ、細胞レベルでの体内器官の状態は30歳の女性と同じであったというのである。
 これは正に「アンビリバボー!!」である。彼女が言うには自分は何も食べなくても太陽にパワーをもらっている感じがするというのである。科学的にも日光によって、皮膚の下にあるコレステロールの一種からビタミンDが生成される事が確認されているそうで正に彼女は日光によってビタミンDやそれ以外の栄養素が体内で自然形成されているのではないかと番組では分析していた。

 私はこのジナイダさんをテレビで観て、仙人の話を思い出した。仙人は何も食べないでも霞を食って生きているという。私はそんなのは単なる作り話に過ぎないと思っていたが、実際こういうジナイダさんの様な例を見れば、仙人というのもこの様なものであったのではないかと想像するのである。
生長の家のお経である聖経「続々甘露の法雨」には次の様に書かれている。
「生命は物質の法則を利用しつつも物質の法則には縛られざるなり。物質の法則を乗り越えて、みづからの欲する相(すがた)に肉体を構成するもの これ生命なり、いのちなり。されば、吾々は生ける肉体に関する限り、物質の法則は生命の法則の従位にあり。例えば食物にビタミン欠乏せば、生命はみづからビタミンを作るを得、肺臓に空洞を生ずれば生命はみづから新しく肺臓の組織を造るを得。」

 人間は本質的には物質ではなく、神に生かされた無限生命であるから、自ら無限に生きる力を持っているのであり、それを本当に自覚すれば、物質的栄養に頼らなくても十分生きて行けるということかも知れない。

 堀 浩二
# by koujihori | 2005-05-13 22:06 | 潜在能力 | Trackback | Comments(2)

運命の女

「運命の女」というダイアン・レイン、リチャード・ギア共演の映画をDVDで観た。確か去年の作品だと思うが、これが結構、秀作なのである。

 ダイアン・レインは子役の時から知っていたが、当時はそれほど注目はしていなかった。しかし、その後、私の中のベストの映画の一つである「ストリート・オブ・ファイヤ」に主演し、それでけっこう私のお気に入りの女優になったのである。
 
 ストーリーはダイアン・レイン演ずる人妻の不倫の物語である。映画の中のダイアンは平凡だが、魅惑的で知性的な主婦役を好演している。それほど大きくない自動車会社の社長であるリチャード・ギア演ずる夫と10歳位の一人息子と何不自由ないごく普通の家庭を営んでいたが、ひょんなきっかけで若い男と不倫関係に陥り、夫を裏切るのである。
 男は古書売りで、女から見れば一種独特の魅力を持つ色男でダイアン演ずるこの平凡な主婦はこの男の不思議な魅力に取り込まれ、逢瀬を重ね、ズルズルと肉体関係を続けて行く。
しかし、妻の素行に不審を抱く夫が私立探偵に妻の行動を探らせ、妻の不倫の事実を突き止めてしまうのである。
 そして、この不倫相手の男の所へ乗り込んでいった夫は男のアパートで自分が妻の誕生日に妻に送ったはずのオルゴールがこの男の所にあるのを見て、逆上してこの男をそのオルゴールで殴り殺してしまう。
 夫は男の死体を始末し、うまく証拠隠滅して妻の元に返るが、その後、警察に嗅ぎつけられ、次第に追いつめられて行く。

妻は不倫を続けて行く中で最初は快感だったのがそれが段々と苦悩に変わり、そして夫を裏切っている良心の呵責に耐えられず、別れを決意する事を男に告げようとしていた矢先に夫が男を殺害してしまったのである。
 そもそも妻が何故、夫を裏切ったかと言えば、それは平凡な生活の中で刺激が欲しかったのと夫が忙しさにかまけて、日頃余り愛情を表現していなかったので夫の愛を実感として感じていなかったからである。しかし、妻が、自分が夫に不倫を見破られていた事、そして夫が男を殺害してしまったことを知った後、夫が男を殺害した時に使った凶器のオルゴール、これは元々夫が妻に誕生日の贈り物として贈ったものであるがその中に隠されていた夫から自分へのメッセージの紙を見つけ、「わが愛する世界一美しい妻へ」という言葉から始まるその愛のメッセージを読んだ時、自分はこんなにも夫から愛されていたということを初めて知って、愕然とするのである。

 私はこの作品が何故、秀作であると思ったかと言えば、それは人間というものは今、そのままのごく当たり前の生活の中に既に神から祝福され、家族から愛された素晴らしい幸福な世界があるのにそれを忘れ、何か普段と違った変わった異常な刺激の中に幸福があるのじゃないかと勘違いして、それを追い求めて、さまようことがあるということをこの映画は痛切に表現していると思うからである。

堀 浩二
# by koujihori | 2005-05-07 22:16 | 映画・ドラマ | Trackback(1) | Comments(0)

あと一歩の勇気の大切さ

 テニスの話題が多くて恐縮だが、またそのことで気が付いた事があるので書かせて頂く。私は2年程前に家の近くのテニスクラブに入会した。そこは私の地元鎌倉の名門テニスクラブであり、神奈川でも屈指の実力のあるクラブである。
 そこに入るのは割合厳しい審査があって、正会員2人以上の推薦がなくてはならず、その推薦状の上に審査委員会があって、そこで初めて会員となれる。私は地元の運動会の役員をやっていた働きぶりが認められて町内会長ご夫妻の推薦を頂き、幸運にもそこの会員に成ることが出来た。
 新参者でテニスの技術も確固たるものがない私は2年前の入会当初、そこでプレイすることが非常に緊張し、サーブなど特に失敗が赦されないセカンドサーブなどは腕が縮んで全然いつも通り打てなかった。このクラブは割合レベルが高い上にお互い余り知らない同士であるからいつも気心の知れた友人同士でやるようなリラックスした雰囲気ではやれず、非常に緊張するのである。

 だから、このクラブに入っても中々そうした雰囲気に馴染めないで来なくなってしまう人もいるそうである。
 従って私もこのクラブに出かけて行くのは毎回一種の決意が必要な位であった。

 テニスにはサーブから始まり、ボレー、ストロークと続くが私はストロークは昔から自信があり、ボレーもまあまあであったが何より一番苦労したのはサーブである。サーブはファーストサーブ、セカンドサーブと二回打つ事が出来、ファーストサーブで失敗してもセカンドサーブを失敗しなければいいのだがこのセカンドサーブが昔から悩みの種でうまく打てないのである。
 セカンドサーブに失敗すれはダブルフォルト(サーブを二回失敗すること)になって、相手に得点を与えることになるのでセカンドサーブに自信がないとそれが非常にプレッシャーになるのである。
 特にこのクラブでは試合は皆、ダブルスであるのでダブルフォルトをしたら自分のパートナーに悪いと思って非常に気を使うし、またダブルフォルトは御法度というような雰囲気もこのクラブにはあるのである。私はこのクラブでセカンドサーブを打つ時はそうしたプレッシャーといつも戦いながらプレイしていた。
 
 しかし、私は先日の4月23日のシングルスのテニス大会の試合中に得たトスの位置をちょっと変えてみるというヒントにより、このセカンドサーブの打ち方が技術的にほぼ分かったのである。
 しかし、打ち方は分かったがそれをこのクラブで試してみるのは勇気が必要だったのである。というのはやり方が分かっただけでそれを完全に自分のものにはしていなかったからである。しかし、私はこのテニスクラブでの試合で自分の力と感を信じて思い切ってその自分が正しいと信ずるやり方でセカンドサーブを打ってみた。そうしたら、あら不思議、これが思い切り強く打ってもうまく回転が掛かって面白い様に相手のサービスエリア内に良く入るのである。正にコロンブスの卵のようであった。
 テニスではセカンドサーブに自信がつけば、ファーストサーブもより思い切って打つ事が出来るようになり、それがいい連鎖になり、勝率もグンと上がるのである。そして、私はセカンドサーブを自信を持って打つことが出来るようになった事でこのクラブで自分の力を存分に発揮することが出来る様になったのである。
 
 あと一歩を踏み出す勇気が大事である。もう駄目だ、どうせ出来ないと思って臆病風に吹かれて逃げ出す前に思い切ってあと一歩の勇気を出す事こそが道を開く鍵である。そうした勇気で壁を突き破って行ったその先はもう自分でも思ってもみなかった展開になり、自分の力を存分に発揮出来る世界が待っているのである。というか元々やれば出来る自分であったということに気が付くのである。出来なかったのはあと一歩勇気を出さないで自分で勝手に自己限定して自分に栓をしていただけなのである。

堀 浩二
# by koujihori | 2005-05-05 11:40 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

悩むことは一つもない

 私の高校時代の恩師に清田先生という先生がいらっしゃって、もう何年か前に他界されているのだが、この先生は足が少し不自由なその当時60歳位の男性の先生だった。
 この先生は数学の先生だったが、私のクラス担任だったのでよく人生訓話をして下さったのである。
 その中で今でも印象に残っているのは次のような事である。それは「自分はこの悩みが解決したら一所懸命勉強しよう、でもこの悩みがあるからそれが解決するまでは一所懸命勉強出来ない・・・なんて言っていると永遠に勉強する機会なんて巡って来ない。」というものであった。

 私はこの事は大変重要な事を言っていると思うのである。というのは悩みというものは実は具体的な存在ではなく、勝手に本人があることに心を引っ掛からせているだけなのではないか?ということである。
 人間は色々な悩みを抱えて生きているが、その悩みは人それぞれで千差万別である。しかし、ある事がAの人には悩みだがBの人には悩みでも何でもないということがよくある。
 
 ある仏教の寓話の一つにこういうのがある。それはある人が自分の家が狭くて狭くて仕方がないとこぼしていて、それがその人に取っては最大の悩みであったのだが、それを知り合いのあるお坊さんに相談したら、そのお坊さんは何とその人にその人が飼育している牛と馬を家に入れて、その家の中で飼育しろと指示したのである。
 当然、その人はただでさえ狭いのにこの上、牛とか馬を家に入れたらもっと狭くなりますと抵抗したが、結局、そのお坊さんの指示通り、牛と馬を家に入れて、しばらく暮らしていた。その内、またそのお坊さんが来て、お前、そろそろ牛と馬を外に出せということを指示して来たのでその人は言われるままに牛と馬を外に出したのである。そうしたら牛や馬で大変狭く感じていた家が本当に広々としたものに感じられ、ああ自分の家は広い家であったと認識を新たにしたというのである。

 このように全ては我々のとらえ方次第でいくらでも変わるのであり、具体的な悩みの要因というのは実は存在しないのであって、単にそれに我々が心を引っ掛からせているだけであるのである。
 我々人間は心的生物であって、心の世界に住んでいるのであり、あることに引っ掛かればそれが非常に大きな悩ましい問題に錯覚せられるのである。だから、習慣的にものごとを流せないで常に引っ掛かる性質の人はある問題が解決したと思ったら、また別の問題に悩むということになり、常に悩みを抱えて果てしがないということになるのである。
 それがひどくなれば不安神経症とか鬱病になるのであり、ようするにこういう心の病気というのは心の方向性、考え方の間違いに気づけば治るのである。

 それでは何故、ものごとに引っ掛かってしまうかと言えば、それはその人が真面目でいい人だからである。ものごとをいい加減に出来なくて、あの人はこうあるべきだとか自分はこうでなくてはならないなんてきまじめに考えていれば普通の人が適当に受け流せることも引っ掛かって、よくしようよくしようと悩むか他人を心で責め続けるのである。
 でも、そうした根が真面目な人にちゃらんぽらんになれ、とか言っても中々難しいのである。それではどうしたらいいかと言ったら、それはよくしようよくしようと言う心を捨てて、既によいのだと思うことである。例えば、テニスをやるにしても、うまくなろう、うまくなろうとするのは自分がうまくないと思っているからである。うまくないと思っているからうまくなろう、なろうと常に技術的に悩んで、くよくよ考えすぎたりするのだが、そうしていても頭が痛くなるだけであり、そして、自分はうまくないという信念通り、いつまで経ってもうまくなれないのである。反対に自分はうまいからうまくなる必要はないのだと思っていれば、常に心は空っぽで今目の前のことにのみ集中出来るようになり、そうなればいつも気分は爽快で悩み憂いなく、考えすぎることもなく、注意力も働き、従って記憶力、判断力も研ぎ澄まされるのである。
 そしてこういう人はどんどん試合とか実地経験を積むからその中から自ずと打ち方、やり方が分かって来て、どんどん生長、進歩するのである。それは何もやっても同様の事が言えるのである。

 このように我々は自分に自信を持って、よくしようよくしようと心を引っ掛からせなければ、もともと悩むことなんて一つもないのである。

 堀 浩二
# by koujihori | 2005-05-01 12:49 | 潜在能力 | Trackback(1) | Comments(0)

立ち向かう人は自分の鏡

 以前に私は趣味のテニス戦記をここにしたためたが、その後、先週の土曜日にまた同じ草テニスシングルス大会に出た。この日は何と恥ずかしい事に4戦全敗だったが、内容は決して悪く無かったし、確実な進歩もあった。また試合に出れば必ず得られる教訓も今回また一つ得る事が出来て自分では満足している。
 ところでここでちょっと面白い事に気がついたのである。というのは過去2回対戦してまだ1ゲームも取れない相手と今回また試合してまたまた0-6で破れたのであるが、試合後、次の試合までお互い多少時間があったのでこの相手と話す機会があった。
 この人は体格は私とほぼ同じの身長175cmくらいで年齢も私とほぼ同じの45歳ということであった。しかし、サーブが私の1.5倍位速く、おそらく時速170km位は出てると思われる。その速いサーブをマッケンローばりの綺麗なフォームから放つのである。私はこの人はさぞかし、学生時代は実績もあり、鳴らした選手であったのだろうと思い、「あなたはインターハイとかインカレとかに出たのですか?」と尋ねたのである。すると、その相手は「とんでもない。私がテニスを始めたのは30歳過ぎですよ。」と答えたのである。
 ただその人は学生時代はバレーボールを本格的にやっていて、相当な選手だったらしい。バレーボールのオーバーハンドサーブとかスパイクはテニスのサーブやスマッシュと打ち方が良く似ているのでバレーボール出身者はテニスをやらせても上手いのである。
 
 それにしても私は意外であった。この相手は割合レベルの高いこのテニス大会でも毎回優勝している実力者であるのにその人がテニスを始めたのは30歳過ぎてからとは・・・。もっとも彼も昔はこの大会で全然勝てなかったということだから最初から強かったわけではなく、やはり、頑張り続けることは大事であるのだが。
私はこのテニス大会に出ている人は皆、学生時代からテニスをやっていた経験者ばかりで自分の様に38歳から本格的にやり始めた人間というのはまれであると思っていたのだが、そうではなかったのであり、このとんでもなく強い相手で自分とは別世界の人間であると思っていた人も実は自分と同類の人間、即ち社会人になって30歳過ぎの割合遅い年齢になってからテニスを始めて、40歳過ぎになった今も可能性を信じて頑張り続ける発展途上の人であったのである。

 即ち、我々はあることをやろうとする時、自分だけが特別に未熟で回りの人間はさもすごい自分とは格の違う人種の様に感じて、萎縮してしまいがちであり、ともすればそれであきらめてそこから逃げ出すなんて事もあるかも知れないが自分と関わり合う人、立ち向かう人というのは何も特別な恐ろしい、すごい相手でも何でもなくて親和の法則、易しい言葉で言えば、「類は類を呼ぶ」という法則により自分と同じような相手が集まっているのであるから決して恐ろしいかなわない相手や環境でも何でもないのである。
 従って、相手は自分の鏡であり、相手は自分自身であるのである。だから、決して自分で自分を限定して「もう駄目だ。」とあきらめてしまわない限り、自分が今、与えられた環境、または相手というのは決して克服不能なものではないのである。

 そして更に発展して考えれば、どんなにこわい、いやな相手でもそれはそういう恐ろしい相手がそこに具体的に存在しているのではなく、自分の心を映しているだけであるから決して恐ろしい悪い存在ではなく怖がらずに立ち向かえば、自分の心の影に過ぎない相手、優しい相手であった事が分かるのである。だから、昔から「人の振り見て我が振り直せ」ということが言われるのである。

堀 浩二
# by koujihori | 2005-04-30 11:59 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

飯島夏樹さんのこと

 先日、テレビで飯島夏樹さんという肝臓ガンになったあるプロウインドサーファーのドキュメンタリーをやっていた。2月頃だったと記憶している。
 彼は一流のプロウインドサーファーでワールドカップに出場し続け、国内の大会では何回も優勝している。かわいい奥さんと4人の子宝に恵まれ、人生順風満帆であったが突如、肝細胞ガンの宣告を受ける。2002年5月の事である。
 そして、医者から肝臓の移植不適合と診断され、うつ病とパニック障害を引き起こすが、奥さんの懸命の励ましによりうつ病とパニック障害は克服するも肝臓ガンは悪化し、2004年5月にあと3ケ月の余命宣告を受けるのである。
しかし、彼はガンの終末期患者でありながら、自分の闘病記をネット連載「今日も生かされています。」で2004年8月16日から2005年2月19日まで発表し続け、多くの人々の心を打ち、それが評判になってフジテレビでドキュメンタリー番組まで組まれた。
彼のエッセイ「ガンに生かされて」ではガンのターミナル(終末期患者)としてその壮絶な闘病生活が記されているのだが、それは死を目の前にした悲壮な感じではなく、大変ユーモアとウイットに富んだ語り口なのである。これは病んだ飯島さんというものを客観的に見て、観察しているもう一人の飯島さんがそこに居るような感じである。
 そのエッセイの中で彼は告白しているのだが、以前の自分は大変、身勝手で利己主義な男で自分の事しか考えていなかったが、今は本当に素晴らしい家族に囲まれて幸せな自分であると言うのである。そして、ガンのターミナルになった今、つくづく自分は自分で生きているのではなく、生かされていたのだという事が分かったとも言っている。そして、自分は死んだら天国に召されるということも本当に信じていたようである。だから、死を目の前にして自分の症状を客観的に見つめることが出来たのではないかと思う。
 エッセイのタイトルは「ガンに生かされて」ということだがこれはガンという病気になって死を目の前にしたことでそれが逆に生の有り難さを教えてくれたということでこのタイトルをつけたのだと思う。 
 彼はガンになって余命宣告を受けたことで逆に自分が神に生かされた尊い生命であったこと、そして自分には自分を愛してくれ、支えてくれる素晴らしい家族がいたことに気づき、魂は永遠の生命を悟り、救われていたと思う。

 そして、飯島夏樹さんに劣らず、本当に素晴らしいのは奥さんの寛子さんである。彼女は幾分ナーヴァスで内向的なご主人と対照的で小さな事にこだわらない、あっけらかんとした性格で、本当に最後までご主人の事を支え、力になり、そして愛したのである。
 「ガンに生かされて」の付記の寛子さんの文章にはこのように記されている。
「26日の夜27日の夜、夜中に何回も起こされた。夏樹は、過敏ですぐに排泄をしたがる。何度も下のお手伝いをしていて、とても嬉しかった。こんなことをしたくてもできない状況の人もいる中、そういう時間が与えられた。排泄の後、いつも疲れ、腰をマッサージしてくれとか言われる。いつも身体をさすっていてうれしかった。」
 以上は夏樹さんが今年2月28日、38歳の若さで亡くなる直前の2日間のことを書いたものである。私はこの文章を読んで涙が出そうになった。「ああ、これが夫婦だ。夫婦の愛だ。」としみじみと感じた次第である。

 飯島夏樹さんは肉体はガンにむしばまれて滅んだが、魂は救われ、天国で家族を見守りながら今頃は安らかに好きな執筆活動そしてウインドサーフィンを楽しんでいると思う。

 堀 浩二
# by koujihori | 2005-04-25 22:49 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

人生無駄なものは一つもない

 本日は人生論について書こうと思う。私は今年、46歳になるが今までの自分の人生を振り返って見て、つくづく人生というのは無駄な事は一つもないのだなと思うのである。 人生には色々あり、順風満帆な時もあれば、嵐吹きすさぶ苦しい時もある。しかし、それらは全て本当には悪いものは一つもないのである。
 私の信仰する生長の家ではこの世界は現象世界であって映しの世界であり、本当に実在する世界ではないと説いている。本当に実在する世界は内なる世界、これを生長の家では実相世界と呼んでいてそれは円満完全な世界、神の世界であると言うのである。
 そしてこの人生はその内なる円満完全な実相世界、神の国をこの現世(うつしよ)に顕現させる為の勉強の場、いわば人生学校であると説いている。

 私は子供の頃は余り、成績の良い方ではなく、高校でも出来る方ではなかった。そんなに程度のいい高校ではなかったがその中でも私の成績は下の方であった。しかし、高校一年の時に受けた生長の家の練成会で人間神の子無限力ということを知った私は自分もやれば出来るんだと思って、東京六大学の内の一つ立教大学に入学することが出来た。今までの私の成績を知っていた周囲からは随分、驚かれたものである。その後、私は大学卒業後就職をし、生長の家の組織活動にも参加するようになった。

 私は大学を出てすぐある中小の機械商社に就職し、そこで社会勉強を三年程させて頂いてから父の経営する会社に入った。
 最初はまず会社の製品を学ぶ為に営業部に配属された。しかし、製品知識を覚える事が困難を極めたのである。というのは父の会社の製品は精密な機械製品だったので非常に専門的な機械知識を要求されたからである。経済学部出身の私にはそもそも機械的素養がないので、そこで大変な苦労をしたのである。
 私はすっかり自信を失ってしまい、会社の中でも居場所が無い様な感じであった。

 そんなこんなで2年が経ち、30歳になった私は総務部に移動になり、本来の目的の仕事であった経理、総務の業務につく事になったが、そこでもしばらく下積みの期間が数年続いた。自分は一応、大学は出たものの自分の天分とか生涯掛けて行く自分ならではの仕事とは何であろうかということが分からず、自分は無価値な人間ではないのかという思いにとらわれるようになっていた。

 29歳で結婚した私は30歳で長男が誕生して、その時、既に一家の主となっていたが悶々とした日々が続いていた。そうこうする中、色々な考え方の違いから社長である父とも折り合いが悪くなり、私自身も信仰に対する考え方が全然間違っていたので37歳の時、殆どノイローゼ状態となり、夜は全く眠れないという状態が約1年続いた。睡眠薬等,薬には手を出さなかったがよくああいう状態で一年も生きていたと今から思う。
 そういう状態は妻だけが知っていて両親や兄にはその間、ずっと伏せてきた。妻は私が一番苦しかったその時期を本当に親身になって支えてくれたのである。その後、私は自分の状態を両親にも打ち明け、生長の家の京都の宇治の道場に長期練成に行く事になった。私の状態を知った両親は大変心配してくれ、特に父の心配の仕方は大変なものであった。
 そもそもそういう不眠症とかノイローゼとかの頭の病気になるというのは頭に象徴される目上の者を恨んでいる場合が多いのである。私はその時まで間違いなく父を恨んでいたのである。父は昔気質の人で決して愛情を表現する事をせず、いつも私は子供の頃から体罰を受け、叱られて育ったのである。しかし、私がそんな状態になった事を知った父の心配の仕方は尋常なものではなかった。皮肉にも私はその時、始めて父が自分を愛してくれていたということを知ったのである。

 私は本当に人生のどん底に落ち、妻も子供もいるのに会社は休職し、生長の家の道場の汚い宿舎での惨めな生活が始まったのである。
 ところが実はここから私の悦びに満たされた神に祝福された人生がスタートするのである。私は自分の生涯の師とも言える榎本恵吾先生とこの生長の家宇治別格本山で巡り合い、先生の薫陶により生長の家の神髄に触れ、神に生かされている悦びに目覚める事が出来たのである。 私は大安心の心に満たされ、精神的にも肉体的にも救われ、その2ケ月後、会社に復帰した。今から8年前の平成9年9月の事である。
 それから私は以前の数百倍のパワーと悦びで仕事に趣味に地域活動に積極的に邁進することが出来るようになり、現在に至っているのである。

 そして現在では自分の神から与えられた天分、自分ならではの役割とは何かということを明確に知ることが出来、お陰様で悦びに満たされた人生を送らせて頂いている。自分の今までの経験は正にそれを知る為であり、全ての経験が無駄ではなかったということが実感で分かるのである。

 皆さん、丑三つ時という朝が明ける直前が一番暗いと言われます。ものごとが良くなる時はその直前が一番暗いのです。しかし、それに負けないでしばらく我慢して頑張っていけば、必ず夜明けは来る。それは私が保証します。私が一番苦しかった時を支えてくれたのは生長の家総裁谷口清超先生の「解決できない問題は存在しない。」のこの一言だけであった。私はこの一言にしがみついて死にものぐるいでつらい一年間を乗り越えたのである。そしてそれを支えてくれたのは我が妻であり、両親であり、姉達であり、兄であった。 我々は一人で生きているようで家族を始め、実に沢山の人達に支えられて、生かされて生きているのである。それを短期的に見て、もう駄目だなんて思ってはならないと思う。

 この世界は一見、不幸に見えるものが沢山ある様だが実は一切の無駄、本当に悪いものは一つも存在しない。長い目、大局的に見ればそれらが皆全て本当に尊い経験となる良いことばかりであり、これらの経験を通して我々の素晴らしい神の命をこの世界に表現して行くのである。

堀 浩二
# by koujihori | 2005-04-21 23:37 | 信仰 | Trackback | Comments(2)

英会話

 本日は英会話の事を書こうと思う。私は13年前の33歳の時から会社の英会話研修をきっかけに英会話の勉強を始めた。
 もう13年もやっているのに正直、ネイティブスピーカー同士で話す早い英会話は余り聞き取れない。去年までは単なる英会話教室に水曜日と土曜日と週2回通っていたのだが、その内の土曜日のクラスが募集人員が定員数に足らないということで廃止となってしまった。
 私はそのクラスがけっこう気に入っていたので残念だったが、水曜日のクラスのクラスメートのKさんというスマート(smartって英語で「頭がいい」という意味です。勿論、この人はスタイルもスマートですよ。ね!Kさん!)な女性が自分が土曜日の午後の時間に通っている英検1級受験クラスに是非来ないかと誘ってくれたので素直な私は導かれるままにそのクラスに通うようになったのである。それが去年の9月位だったと記憶しているが、今までは単に目標無しで何となくやって来たが英検1級合格という具体的な目標を持って英語を勉強するようになった。
 そして今年の2月に英検1級を始めて受験したのであるが、そこで英検1級のレベルの高さにカルチャーショックを受けた私は今までの勉強方法がいかに生ぬるいものであったかを実感し、それからヒアリング練習、リーディング練習に本気で取り組むようになったのである。
 やはり、我々は何かをする時は何となく、適当に目標もなくやっているようでは駄目で具体的な目標を自分に課して、背水の陣を敷くということをしないと駄目であると実感した。
 
 それはともかく、私は子供の頃から割合せっかちでご飯も人一倍食べるのが早く、それを自慢にしていた位である。周りからはもっと食事は味わって食べた方がよいと言われるのだが、生返事を返すだけで相変わらずであった。
 しかし、私は以前もここで書いたように私の飼っている老犬に今、目の前の事に対してゆっくりじっくり愛情を掛けることの大切さを教わってから、生活全般が変わって来たのである。いつも時間に追われ、せっかちにスケジュールをこなすことばかり考えて、じっくりゆっくりものごとをやる習慣の無かった私はいつも心ここにあらずで先のことばかり考えているということがよくあり、英会話どころか日本語の会話でさえも相手の言っていることをよく聞いていないということがよくあった。従っていつしか相手の話を聞こうと思ってもその話を理解することが出来ないということが出て来てしまったのである。
 習慣というものは恐ろしいもので、目の前のものに心を寄せないという習慣を持っていると相手の話がそれが例え日本語であってもよく分からないというような事になってしまうのである。
 私の信仰する生長の家の創始者谷口雅春先生の御著書「生命の実相」第7巻生活編には「今に集中すればするほど今に対する判断はより明確なものになって来る」と書かれている。従って相手の会話をよく聞くということは大変大事なことであり、そういう態度は全ての生活態度に通じ、それは相手に心を寄せ、大事にし、そうした中、その相手に対し、どうしたらいいかという最も適切な判断を生み出す事が出来るようになって来るのである。
 私はその事は英会話の勉強にも大変役立つと思う。どんなに早いネイティブスピーカーの英語でもそれを真剣に耳を傾けて行く練習を根気よくしていけば、いつかはそれを聞き取れるようになり、そのように今に集中する事により相手が言っている英語の意味も自ずと判断出来る様になると思う。
 ということで英会話学校のクラスメートのKさん、Rさん。これから私もますます頑張りますのでどうぞ宜しくお願い致します。 

 堀 浩二

 
# by koujihori | 2005-04-21 12:25 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)

太陽光発電システム

d0022373_10494927.jpg 今年の2月、我が家に太陽光発電システムを取り付けた。出力は2.92kwhであり、家庭用としてごく標準的なものである。メーカーは京セラで価格はおよそ250万円である。
 太陽光発電システムは一昔前は少なくても600万くらいしたそうだが現在は京セラの他、シャープなどの各メーカーの製造技術が進歩し、コストが相当下がり、一般庶民でも購入可能なものになって来た。
これだと電気代が約半分になり、大変リーゾナブルだし、料理などもガスを使わないので安全で、ローンで購入するにしても政府の補助もあり住宅ローンなみの金利が可能である。

まあ、それでも今までの通常の感覚だったら電気代が安くなるからと言って、これだけの費用を掛けて、システムを導入しようという気にはならないだろう。しかし、現在、皆さんもご存知の様に環境問題がクローズアップされてきている。
 二酸化炭素による地球温暖化は単に地球の気温を上がり、それが南極、北極の氷を溶かして海面を上昇させるなんて事だけでは済まないのである。それは地球全体のリズムを壊し、色々な異常気象を引き起こし、甚大な被害を人類に与えるのである。
 そればかりではない。それらの影響で地球の生態系が破壊される中で実は生態系の一部に過ぎない人類の存在も危ういものになって来るというのが識者の見方である。

 私がそもそも太陽光発電システムを導入しようと決意した直接のきっかけは生長の家副総裁谷口雅宣先生の講習会で先生のお話を拝聴したのがきっかけであった。先生はこの現在の地球の危機、人類の危機をいち早く察知され、その重大さを事ある毎に強調されている。

 その危機を回避する為には先ず我々一人一人が生活の中で具体的行動を起こさないと駄目である。タバコのポイ捨てはしないとか、その辺に空き缶を捨てないとか、車のアイドリングはなるべくしないようにするとか、出来ればなるべく車は使わないようにするとか等々。そして出来れば家庭の電力も太陽光発電システムなども導入なさることをお薦めする。本当に車一台くらいのコストで済むのですから。

 堀 浩二
# by koujihori | 2005-04-20 10:49 | 環境問題 | Trackback | Comments(0)

赤い糸

 皆さんは結婚というものをどうとらえますか?皆がするから、経済的な理由から、子孫を残したいから、性欲を満足させたいから、世間体があるから等々の理由があると思う。もちろん、こうした打算的な事でなくてただ、この相手と生涯一緒にいたいと思うからというのもあるだろう。
 近頃は段々、女性も経済力がついて来て、男に頼らなくても良くなったせいか経済的理由で結婚を選択する女性が減って来たようである。また、男性もそうした女性に対して積極的アプローチする気概を失ってしまったのか30歳過ぎても結婚しない人が多くなって来た。
 第一、近頃は昔からの固定観念が崩れてきて、この位の年齢になったら、おしなべて結婚しなくてはならないという考えが無くなって来ているようである。

 そもそも人間は何故結婚するのであろうか?それは日本古来からよく言われて来たように本来結婚する男女は元々見えない「赤い糸」でつながっていて、それで運命的に結ばれて結婚するのであるという考えがあり、またギリシャ神話でも男女というものはそもそも一つの魂であるという話があるそうである。
 私の信仰する生長の家でもやはり同じ様に男女というのは元々一つの魂でそれが地上に誕生する時それぞれ男と女に分かれて出て来て、それがお互い魂の奥底で呼び合って、運命的に巡り会って結婚するのであると教えている。だから、夫婦となるものはお互い一つの魂の半分の身体即ち、半身同士であるという考え方である。従って、この半身同士が結ばれるのは自然な事であり、それ故に結婚するのであり、そして結婚して本来一つの魂がまた一つに還るということでそこで素晴らしい愛情の生活を実現させるということが結婚の目的であるというのである。
 私は子供の頃から生長の家信徒であるから、その考えを素直に信じ、自分もいつかは魂の半身と巡り会って結婚するのであると思っていた。そして25歳の時に現在の妻と知り合い、その4年後に結婚したのである。
 しかし、その話が本当だとして、皆さんは自分が選んだ相手が本当に自分の魂の半身である保証なんてどこにあるのかとお思いかも知れない。
 でも我々は皆、自分で生きているようで神に生かされているのである。従って、自分が結婚相手として選んだ相手は自分ではなくて実は自分の中の神が選んだ所の間違いない自分の魂の半身であるのである。だから日本では昔から運命の赤い糸で結ばれた相手とは運命的に出会って結ばれるのであると言われるのである。
 私はそのことがはっきりと自分に分かって来るにつれ、のろけ話で恐縮だが自分に取って、妻が以前にもまして、尊い、有り難い、また魅力的でかわいい存在であるという実感が強くなって来たのである。
 我々はたまたま恋愛結婚であるが、見合い結婚で結婚した人も全く同様である。出会ったきっかけ、結婚したきっかけがいかなる形態であっても実質的には我々は何時如何なる時でも神に生かされて来たのであるから神に選んでもらった本当の自分の魂の半身である相手と結婚しているのである。それは戦国時代の政略結婚などでも同じである。
 であるから、世の諸兄達よ。自分の今の奥さんを大切にし、愛おしんで下さい。あなた方の奥さんは間違いなく神様から与えられたあなたの愛すべき魂の半身ですから。
 また、世の奥様達よ。定年離婚なんて悲しい事を考えないでご主人を大切にし、立ててあげて下さい。

堀 浩二
# by koujihori | 2005-04-19 09:56 | 家庭生活 | Trackback | Comments(2)