自壊作用はナイ

よく生長の家の人で
「今はまだ(過去の迷いの念の)自壊作用中でして」
 と言う人が居る。

 こんな人は永遠に自壊作用中だろう。

 自壊作用(現象)はナイ!今そのままで完全円満である。

堀 浩二


# by koujihori | 2018-02-21 13:13 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

迷いは悟りの基礎工事である。

 強迫観念の正体は我(が)である。これは宇宙に満ちた完全円満の神を信じる事が出来ず「私が、オレが」と力む事であり、それが「ああしなくちゃいけない、こうしなくちゃいけない、これをしてはいけない」というとらわれとなりそれが高じると強迫観念となり不眠症、ノイローゼになる。
 しかし、それは繰り返すがその正体は我(が)である。しかし、我(が)なるものは本来は存在しないのである。それなら何故その本来存在しない我(が)が出て来るのか?それは実相独在の悟りが出て来る為の基礎工事なのである。我(が)とは迷いであるが迷いは悟りの基礎工事であるとは「神真理を告げ給う」に書いてある。

 その我による強迫観念、恐怖心により脳髄が損傷されて来て不眠症やノイローゼになるがこれも観世音菩薩様による救いの現れである。こうした過程を経て自己の考えの誤りを如実に悟る事により実相独在の悟りに結びつく。

 だからあらゆる現象は悟りが出て来る為の準備段階であり神のお導きであり、本当に悪い事は一つも無いのである。


# by koujihori | 2018-02-06 10:41 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

やっぱり実相は自分で出て来る。

 詳細は言えないが昨日、
「ああ、やっぱり実相は自分で出て来るんだなあ。そのままでいいんだな。」と実感した。感謝は大事ですがやっぱりそれも実相が自分で出て来る事により自然に出来る様になる。一切は神により為されるんですね。
 そして実相が出て来るのには時期がある。その時期は最も良い時期だ。だから実相を現そう、無理に感謝しようと焦る必要無いんです。

堀 浩二 
# by koujihori | 2018-01-29 13:04 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

病無ければ病の原因も本来無し。汝らまっしぐらに神の子人間を自覚せよ。

 生長の家で何か病気が起こった時は例えば乳癌や子宮癌になったら夫への感謝不足、頭の病気になったら先祖供養不足、目上の者への感謝不足だという方程式みたいなものがあってその病気になった人又は親に

「夫に感謝しましょう」「先祖供養しましょう」「親に感謝しましょう」と指導される。

 そしてひどい場合には「もっと感謝しなくちゃ駄目じゃないか」とか「もっと先祖供養しなくちゃ駄目じゃないか」と責め立てる人がいる。 


 それで言われた本人は一所懸命、感謝しようとか先祖供養する。

 しかし、大抵これでは良くならない。

 榎本恵吾先生はそういう時どういう指導をされたかと言うと例えばその悪くなった身体の部位に象徴される相手というのはそれに感謝出来てないじゃないかという事ではなくてその相手と「本来一つだよ!離れないでいるよ!」と思いなさいと仰っていた。

 これは非常に微妙だが天地の差ほど開きがある命題である。
 「続々甘露の法雨」には

「この迷いがこの病の原因であると思う事を止めよ。病本来無ければ病の原因も本来無し」と説かれている。

 この怨みの心、感謝の足りない心が病の原因であると思う事を止めよというのである。そして
「まっしぐらに神の子人間を自覚せよ」
 と説かれている。

 要するにこういう事だ。

 何か問題が起こって来るのは全て観世音菩薩のお示しである。そしてそれは「本来、相手は完全円満の神の子であり自分とその相手は神において一体で一つの存在であるのをあなたはその相手を自分と離れた存在であるとして恨んでいた。それは間違いだよ、本来相手はあなたと神において一つの存在で神だよ。その神なる相手を拝み、一つであるという事に気がつきなさい」という事なのである。

 要するに問題の原因である迷いの心をあるとしてそれを信仰の力で良くしようというのではなくてまっしぐらに今そのまま完全円満であるという事を自覚せよという事なのだ。

堀 浩二


# by koujihori | 2018-01-10 12:26 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

実相は自分で出て来る。

 

 実相は自分で出てくるのである。

 生長の家の人は「実相は完全円満で素晴らしいんだけれどもその実相を如何に現象世界に現すかが問題なんです。現象に実相を現す為には心のレンズを歪みの無い真っ直ぐなものにする必要がある。だがこの心をそうした実相を観ずる様にする事が難しいのだ。」と嘆く人がいる。それでこれでもかこれでもかと先祖供養したり生長の家の生き方に励もうとする。
 しかしながらそうした我(が)の励みにより実相が顕現する事は無い。何故なら実相は我(が)の頑張りなどで引っ張り出せるものではないからだ。実相がそんなけちな我(が)により出てくるはずがない。


 それは実相自らが自分で出て来る事によってのみ出て来る。実相顕現というのは実相自らの顕現の事であり我(が)の頑張りにより出て来るものではないのだ。
 それは実相というのは無限であるから常に躍動している。そして自ら有限化して顕現したがっている。無限の絵の才能を持っている画家が有限のカンバスに自分の作品を描きたくて描くのと一緒だ。でもその表現は最初から高度という訳ではない。何度も繰り返して描いて色々と経験をし、先達のアドバイスも受けながら徐々にその表現のレベルを上げて行く。すなわち実相の素晴らしさを表現して行く。
 これが実相が自分で出て来るという事でありテニスなどのスポーツもそうだ。いくらレッスン書に書いてある通りを練習した所で最初から上手いテニスが出来る訳ではない。テニスを何回もやり練習もやり上手い人から教わりながらやり続ける中で徐々に段階を経てその人のテニスの才能が自分で出て来るのだ。そしてそのテニスなり絵に励んでいるのは内側からやりたくてやっている。即ち実相が自分で出てきてやっているのだ。

 だから実相は自分で出て来る以外に顕現しようが無い。決して我(が)が無理に引っ張り出す様なものではないのだ。

 そして実相は必ず自分で出て来る。段階を経て。この世界は実相と実相が自分で出て来る事しか無い。これを実相独在という。そして全ての人たちは必ず実相が顕現する様になっている。この人生で如何なる事が起こっても表面的にはどんなに過酷で不幸に見えてもそれらは皆実相顕現の為に起こっている事であるから本当に悪い事ではない。

 しかし、生長の家は先ずは三正行に真面目に取り組む事だ。そこから始まる。三正行にいそしむ私も我(が)ではない。内なる神であり実相である。

堀 浩二


# by koujihori | 2018-01-08 16:14 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

生長の家は一筋縄ではない。

 生長の家は最高に素晴らしいがその神髄を究めるのは中々一筋縄ではいかない。例え「生命の実相」40巻を丸暗記しても駄目なのだ。  
 でも何時かはその神髄を吾がものとする事が出来る。その為には生長の家を真面目にやり続けないと。ただやるだけじゃ駄目。真面目に真剣にやらないと駄目だ。それは馬鹿みたいに参加促進とか家庭訪問とか会議とかその他の生長の家の行事にかまける事でもない。真摯に純粋に生長の家の信仰をやって行く事。
 そうしたら必ず生長の家の神髄という最高の宝物を掘り当てる事が出来る。その時、今ここがそのまま地上天国であると分かる。

堀 浩二

# by koujihori | 2017-12-19 13:52 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

感謝は我(が)ではなく吾が内の神が行う。

 感謝というのは我(が)がやるのではない。赦しも同様である。感謝も赦しも既に神の責任において為されている。それは既に自他一体だからである。 

 感謝は既に完成している。赦しも既に成就している。その内なる感謝と赦しが自ずと出て来て感謝の祈り、和解の祈りになるのである。 
 感謝と和解と赦しは吾が内の神が行う。我(が)ではない。 だから「そのまま(実相)でよい」のである。

堀 浩二

# by koujihori | 2017-12-18 12:21 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

迷いの文化が滅びる際にその相手の実相を拝まなくてはならない。

 今、世界の至る所で唯物論の終焉を迎え、本物の霊的文明のうねりを迎えつつある。
 終焉を迎えているから却って巨悪天を衝く状態になって本来でないものが盛んになっている。終わりを迎える時は蝋燭の火の様に却って勢いが盛んになるからだ。

 しかし、霊的文明の担い手である善意の人達は唯物論即ち迷いの文化の担い手に対して裁いたり糾弾するのではなくてその実相(現象の奥になる完全円満の生命)を拝んで愛さなくてはならない。
 そうでなければ善と悪の闘いで悪を滅ぼせみたいなハルマゲドン即ち終末思想と同じになってしまうからだ。

 悪はナイ。ただ迷いの自壊作用というのはある。今がその時である。

堀 浩二


# by koujihori | 2017-12-15 16:30 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

人を変えたくば自分が変わるしかない。自分が変わりたかったら悟るしかない。

 意地悪な嫌な事言う人間というのは実は本当に存在するのではなくて全て自分の意地悪な嫌な心を映す鏡である。
 それが仏教で言う所の五蘊皆空(ごうんかいくう)、一切は空であるという意味である。
 それでは何故自分が意地悪なのかと言えばそれは自分が不安だからである。不安だから人に意地悪をしたくなるし言いたくなる。だから、自分が大安心の心になるしかない。
 それには一切の現象はナイ。従って悪もナイ。そして真実存在するのは完全円満の理念の国でありそれは吾が内にあると悟るしかない。
 それがキリスト教で言う所の「神の国は吾が内にのみあり」という意味である。

堀 浩二

# by koujihori | 2017-12-12 10:54 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

同時多発的に本物の芽生えが出て来ているようだ。

 触った触らないというレベルで電車の中で痴漢扱いされ有罪になったりする事があるのに相手に酒や睡眠薬で酩酊状態にしておいて強姦するというれっきとした準強姦罪が不起訴になったり、輪姦していた大学生がやはり不起訴。かと言えばどこの法人でもありがちな軽微な詐欺疑惑で起訴もされてない人が本人ばかりでなく妻までも一緒に拘置所に四ヶ月も習慣されてかつ家族の面会も出来ない。

 これが現在の日本の実情であり、法治国家とはほど遠い権力者の勝手な都合により恣意的に行政が左右されている状態だ。

 その他、現政権の無茶苦茶暴走ぶりは書ききれないが現在、日本中に現政権的な傾向があると思う。

 しかしながらそれが自己崩壊の兆しがそこかしこに既に出て来ている模様だ。例えばさきの衆院選での公明党の大幅な議席減。6議席も減らしている。その原因は公明党の母体である創価学会による与党批判があるという。事に同学会において大きなウェートを占める婦人部が改憲まっしぐらに進む自民党に無批判の公明党に対して批判を強めているらしい。
 自民党の選挙運動を支えているのは自民党員ではない。創価学会員である。ポスター貼りから投票に至るまで学会の組織運動が自民党を支えていて、もし仮に学会が自民公明に反旗を翻すようであれば確実に自民党政権は終わる。
 
 そして小池前原コンビによる暴挙により民進党が解体したがこれが却って立憲民主という良心的民意の受け皿となる政党を誕生させ、それが野党第一党となった。

 
 また角界では貴乃花親方の反乱。これは角界は組織ぐるみの隠蔽体質があり、その下では八百長体質や暴力体質がある。
 ことにモンゴル勢による星の回し合いがあり、その腐敗に拍車を掛けていた。そこに一石を投じたのが貴乃花親方である。モンゴル勢は自分達が角界を支えているという思い上がりがあり、その筆頭が白鵬だ。行司の裁定に文句を付けたり、力士講話会で巡業部長を変えろと発言したり、客に万歳三唱を促したり、その分をわきまえない行動は目に余る。
 そして、そうした自分勝手な行動をしっかりと諫める事が出来ない相撲協会。
 そうした腐敗体質に敢然と立ち向かっているのが貴乃花だ。理事会は今までの体制を護りたい理事ばかりで一人孤立している状態であるが神仏への信仰を軸に持つ同親方の信念は揺るぎもしない。

 
 現在のこの腐りきった日本の権力側の体質に対して、こうした革新の動きはそこかしこに芽生えて来ているのだ。

 それはこれらの動きが別に水面下で打ち合わせをした訳でもないのに同時発生的に出て来ているがこれは世界的な発明や発見は同時に世界各所で打ち合わせや連絡も無いのに同時発生的に出て来るものだがそういう事なのだと思う。

 
 現在は闇に覆われて居る日本及び世界であるが必ずや本物が現れて拝金主義の唯物的腐敗体質から真の霊的思いやりのある神仏への帰依をベースにした素晴らしい本来の社会が到来する。

ps この動きはどうもアメリカでも起こって来ている様だ。

堀 浩二


# by koujihori | 2017-12-04 10:14 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)