訓練の意味

 生長の家の実相独在の真理は「人間神の子、完全円満」という事である。完全円満という事は無限健康、無限供給、無限力であるという事である。そして、それはこれからそうなるのではなくて、今、正にそうなのである。
 しかし、それは現れの世界であるこの現象世界の事ではない。現象の奥にある所の実相世界、それのみが真実に存在する世界であり、その実相世界が今そのままで完全円満であるのに対して、現象世界は完全円満であるとはとても言えない。それは完全円満さの表現の世界であり、まだまだ不完全なつたない部分がある。そして、その現象世界は実相の世界、本体の世界の完全円満さを徐々に次元、グレードを上げて表現されていく舞台であり、キャンバスである。

 そこに訓練という事が自ずと出てくる。訓練というと「これから良くする」様に聞こえ、それは「今、そのままで完全円満、無限力」という事とは異なる行為の様な印象を与えるが、
 「今、ここ完全円満」が動き出す所、そこに自ずと訓練となり、そして訓練が重なって行く内に「今、ここ完全円満」が徐々に現象世界に表現され、その表現の程度を上げて行くのである。即ち、訓練は我(が)がやるにあらず、内側の実相生命の無限生長の鳴り響きである。

 「今、完全円満」を現象の事だと思っているとそれを強引に実現させようとする我(が)が生じる。そこに神への全託の心は無い。
 「今、完全円満」を真に自覚する所、すぐに現象を良くしよう、完全円満にしようという我(が)の心は消え、そのままの心で神に全託出来る様になり、現象に不完全な所があっても焦らず、「表現の世界なんだから気にしない」という心境になる。
 そして、安心して、今、内に神の国がある、今、吾完全円満なりという自覚が生ずる。その自覚の元、そのうねりが繰り返しの訓練となり、その訓練の積み重ねが内側の無限力が徐々に出てくるという実感、内側からの無限生長、無限が無限するという実感にそのままなるのである。

 即ち、「今、そのままで完全円満、無限力」と自覚する事と訓練を重ねて行くという事、訓練を重ねて行く事でより上達、進歩するという実感は一つの事なのである。

堀 浩二
by koujihori | 2012-10-03 21:44 | 潜在能力 | Trackback | Comments(0)
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