真の先祖供養(2)

 聞いた話ですが、あるご婦人がお子さんが何らかの病気か何かの問題になって、それで生長の家の先生に相談したら、
 「先祖供養をやりなさい。そうしたら良くなる」
 って指導されたそうです。

 それで教えられるままに一所懸命先祖供養した。でも一向に子供の状態は良くならない。でこれでもかこれでもかとやった。それでも良くならない。しかし、その内、

 「自分は先祖を迷っていると思ってそれを救おうと思って先祖供養していた。それは間違いだった」
 と悟るのですね。そして、生長の家の根本真理
 「人間は神の子で完全円満である」
 という聖経の意味をかみしめて、先祖を救おうという心を捨て、ひたすら感謝の心で仏壇の前で聖経を読誦する様になった。そうしたら子供の状態が完全に改善されたのだそうです。

 要するに現象的に霊界で救われていない先祖を認め、この先祖供養で一つ救って、それで子供にも祟らない様にしておくれという心では先祖供養にならない。自分が人間は神の子完全円満であるという真理を悟った時に自ずと感謝の先祖供養が行われ、子供も良くなったという事ですね。要するに先祖供養の要諦は

 「人間は神の子であり、完全円満であり、全ての人間は既に救われている」

 という実相独在の悟りな訳です。そこから自ずと親孝行も先祖供養も出て来る。先祖供養と実相独在の悟りは一つなんです。

 私は7月に母が他界し、その後、家内と一緒に残された95歳の父の面倒を見させてもらってます。父は同じ文句を何回も言ったり、時折暴言めいた事を言う事もあるのでそういう時は私もカッとなる。悪いと思いつつ、そうなってしまう。それは人間だから仕方が無いと思います。

 でも、私は母が他界する際は安らかに他界出来る様にそれこそ全力を尽くした。一ヶ月間、昏睡状態の寝たきりだったので家内と一緒に一所懸命、お世話もさせてもらった。そして色々な導き、幸運が重なって母は安らかに他界する事が出来た。
 そして、現在、父に対して先に述べた様にたまにカッとなる事もあるけど、それも自分の心の影であると分かっているのでそんなに心のしこりにならないし、やはり、私なりに一所懸命お世話をさせてもらっている。そして、毎晩決まった時間に母の位牌に聖経を読誦させて頂いている。
 これらは自ずとそうせざるを得ないのです。救おうとか世話をしなくちゃいけないとかそんなものではない。私の人間神の子完全円満の自覚から自ずと出て来る行為です。

堀 浩二
by koujihori | 2012-12-19 06:51 | 家庭生活 | Trackback | Comments(0)
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