迷いの文化が滅びる際にその相手の実相を拝まなくてはならない。

 今、世界の至る所で唯物論の終焉を迎え、本物の霊的文明のうねりを迎えつつある。
 終焉を迎えているから却って巨悪天を衝く状態になって本来でないものが盛んになっている。終わりを迎える時は蝋燭の火の様に却って勢いが盛んになるからだ。

 しかし、霊的文明の担い手である善意の人達は唯物論即ち迷いの文化の担い手に対して裁いたり糾弾するのではなくてその実相(現象の奥になる完全円満の生命)を拝んで愛さなくてはならない。
 そうでなければ善と悪の闘いで悪を滅ぼせみたいなハルマゲドン即ち終末思想と同じになってしまうからだ。

 悪はナイ。ただ迷いの自壊作用というのはある。今がその時である。

堀 浩二


by koujihori | 2017-12-15 16:30 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://joyfulness.exblog.jp/tb/26235997
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 感謝は我(が)ではなく吾が内の... 人を変えたくば自分が変わるしか... >>