病無ければ病の原因も本来無し。汝らまっしぐらに神の子人間を自覚せよ。

 生長の家で何か病気が起こった時は例えば乳癌や子宮癌になったら夫への感謝不足、頭の病気になったら先祖供養不足、目上の者への感謝不足だという方程式みたいなものがあってその病気になった人又は親に

「夫に感謝しましょう」「先祖供養しましょう」「親に感謝しましょう」と指導される。

 そしてひどい場合には「もっと感謝しなくちゃ駄目じゃないか」とか「もっと先祖供養しなくちゃ駄目じゃないか」と責め立てる人がいる。 


 それで言われた本人は一所懸命、感謝しようとか先祖供養する。

 しかし、大抵これでは良くならない。

 榎本恵吾先生はそういう時どういう指導をされたかと言うと例えばその悪くなった身体の部位に象徴される相手というのはそれに感謝出来てないじゃないかという事ではなくてその相手と「本来一つだよ!離れないでいるよ!」と思いなさいと仰っていた。

 これは非常に微妙だが天地の差ほど開きがある命題である。
 「続々甘露の法雨」には

「この迷いがこの病の原因であると思う事を止めよ。病本来無ければ病の原因も本来無し」と説かれている。

 この怨みの心、感謝の足りない心が病の原因であると思う事を止めよというのである。そして
「まっしぐらに神の子人間を自覚せよ」
 と説かれている。

 要するにこういう事だ。

 何か問題が起こって来るのは全て観世音菩薩のお示しである。そしてそれは「本来、相手は完全円満の神の子であり自分とその相手は神において一体で一つの存在であるのをあなたはその相手を自分と離れた存在であるとして恨んでいた。それは間違いだよ、本来相手はあなたと神において一つの存在で神だよ。その神なる相手を拝み、一つであるという事に気がつきなさい」という事なのである。

 要するに問題の原因である迷いの心をあるとしてそれを信仰の力で良くしようというのではなくてまっしぐらに今そのまま完全円満であるという事を自覚せよという事なのだ。

堀 浩二


by koujihori | 2018-01-10 12:26 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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