迷いは悟りの基礎工事である。

 強迫観念の正体は我(が)である。これは宇宙に満ちた完全円満の神を信じる事が出来ず「私が、オレが」と力む事であり、それが「ああしなくちゃいけない、こうしなくちゃいけない、これをしてはいけない」というとらわれとなりそれが高じると強迫観念となり不眠症、ノイローゼになる。
 しかし、それは繰り返すがその正体は我(が)である。しかし、我(が)なるものは本来は存在しないのである。それなら何故その本来存在しない我(が)が出て来るのか?それは実相独在の悟りが出て来る為の基礎工事なのである。我(が)とは迷いであるが迷いは悟りの基礎工事であるとは「神真理を告げ給う」に書いてある。

 その我による強迫観念、恐怖心により脳髄が損傷されて来て不眠症やノイローゼになるがこれも観世音菩薩様による救いの現れである。こうした過程を経て自己の考えの誤りを如実に悟る事により実相独在の悟りに結びつく。

 だからあらゆる現象は悟りが出て来る為の準備段階であり神のお導きであり、本当に悪い事は一つも無いのである。


by koujihori | 2018-02-06 10:41 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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