実相は自分で出て来る(14)

 吾々は何か問題を抱えているとして、それは自己の完全円満の実相が出て来たら、それが解決出来ると分かっている場合、実相を出したい、顕現させたいと切実に思う。しかし、中々それが困難に感じられて、失望したり焦ったりする事もある。しかし、それ全て、実相を自分で頑張って出そうとしているから駄目なのである。
 無理して実相を出そうと焦るな。そのままであれ。そのままで実相は自分で出て来る。勇気も大安心も能力も健康も何もかも自分で出て来るのである。それが神への全託の信仰の表明である。それなのに神に信頼出来ないで自分という我(が)が問題をつかんで、無理に実相を出そうとするから、却って出て来ないのである。

実相は自分で出て来る。様々な経験を通じて。その中には表面上には上手く行かない事も失敗もあるのである。しかし、そうした経験、過程を通して、実相は自分で出て来るのである。だから、焦らなくて良い。
 失敗して面目を失ってもその他、色々な損失があろうともそんなものは表面的な事であり、かつそんな失敗は本来存在しないのである。その時は失敗に感じられても長い目で見て、後から振り返るとあれがあったから良かったと思えるものである。その長い目で見るというのが実相の立場からものごとを観るという事である。実相の立場から観れば、悪い事や失敗は一つも存在しないのである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-08-06 12:34 | Trackback | Comments(0)
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