全託とは天地一切のものに感謝するという事

 万物調和六唱経に書いてあるけど「神は全ての全てだから自分は全てのものと一体であり、そして感謝、調和している。」とあります。

 生長の家は実相独在の教えで実相即ち神は全宇宙に行き渡っているという教えですね。だから神に生かされている、神に全託するという生き方はそのまま天地一切のものと一体であるという信仰となりそれはそのまま天地一切のものに感謝し和解するという事になります。

 私は21年前に「私が、自分が」という信仰でノイローゼになってでも宇治の榎本恵吾先生の元へ導かれてそこで...
「生きるんじゃない。生かされるんだ。」と目覚め、そこで自分がじゃなくて神に全託する生き方を学びノイローゼが癒されました。でもそれはそのまま天地一切のものに感謝するという生き方に通じるものだったんです。

 でも私は会社で生長の家組織で不調和の状態だった。理不尽な事には我慢出来ないからおかしいと思ったら猛抗議した。
 でも僕の中の実相が自ずと現れ、神に全託するという生き方がより出て来たらその不調和が正される厳しい人生レッスンが出て来た。

 という事で私は自ずと「天地一切のものと和解し感謝する。」という様に導かれて来たのです。

堀 浩二


# by koujihori | 2018-09-26 09:29 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

観世音菩薩の御働き

 僕は長らく生長の家の「思ったら思った通りになる」という心の法則というものに悩んで来た。思ったら思った通りになるんだったら恐怖した事も実現すると思ったら却って恐怖心が強くなったからだ。そしてそれが実現すると思うとますます恐くなる。
 本当にこんな事知らなきゃ良かった、生長の家なんて知らなきゃ良かったと何度思った事か。
 心の法則は観世音菩薩の御働きでもある。衆生の心をそのまま映して見せてくれて衆生を導く存在だ。近年、谷口雅宣先生が観世音菩薩をことさらに強調して「観世音菩薩讃歌」を出されるし、そもそも谷口雅春先生は「生長の家の本尊は観世音菩薩である。」と述べられてますね。

 思ったら思った通りになるって言う事は言い換えればこの世界は心の展開という事であり裏を返せば物質はナイ!って事なんですね。だからそれは悪はナイ、不完全はナイ、病気はナイって事で。これは実相独在にも通じる。...
 
 そしてこの世に本当の悪は無く全ての現象は観世音菩薩の慈悲の御働きであるという。それは現象は如何にあっても真に悪い事は存在せず観世音菩薩の御働きにより自分の心の状態を直に体験する事で自分に心に反省と懺悔が起こる。
 
 その時に実相顕現があるという事で結局それはこの世界は神様の導きしかナイって事になり、吾々は如何なる現象にあっても常に神に生かされ導かれているって事になりますね。
 そして結局実相と実相が自分で出て来る事しかないって事になると思います。

堀 浩二


# by koujihori | 2018-09-13 09:50 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

神である私が祈り学び愛行する。

 神である私が祈り学び愛行するのでありでくの坊の肉体の自分、我(が)の自分が祈り、学び、愛行したから神になるのではない。

堀 浩二

# by koujihori | 2018-09-11 09:22 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

神様が全部解決して下さる。

 どんな深刻な問題が見えていても大丈夫。全部神様が解決して下さる。神様ってそういうもんです。完全円満の無限者なんだから。

堀 浩二

# by koujihori | 2018-09-04 13:41 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

人生に悲しみや困難のある理由

 悲しみの奥に聖地がある。

 これは深い悲しい人生体験の奥に本当に素晴らしい悟りと悦びの境地があるという事である。
 吾々は完全円満の神様に完璧に生かされている護られている導かれている。しかし時として人生上で困難や悲しみに見舞われる事がある。これは吾々の内にある神の国を現象世界に実現する際、その前段階として出て来る過程である。その中で人生を諦めなかった人間が本当に内なる価値ある栄光を現象世界に現す。

 ただフワフワとして安穏として現象的に恵まれているだけでは真摯さも出す必要も他人に思いやりも培う事も無い。

 だから神様に生かされ護られていると言っても人生では色々な経験をさせられる事になっているのである。

堀 浩二


# by koujihori | 2018-09-04 09:05 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

生長の家は途轍もなく素晴らしい。

 現象はナイ!全て自分の心の影に過ぎない!実相は完全円満でそれは既にここにある!そして今自分に与えられた問題は今の自分に出来る問題しか与えられない!これらの教えが如何に有り難いものであるか!
 これを知っていれば如何なる過酷な運命も切り開く事が出来る。

 
 生長の家の教えを一人でも多くの方に伝えたいですね。

堀 浩二


# by koujihori | 2018-08-22 10:04 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

恐怖心は放っておくべし

 思ったら思った通りになると教えられているから恐怖すまいと思っても恐怖してしまう。そういう時は放っておくが良いのである。そのままでいるべし。その内恐怖は神が取り除いて下さる。全託すべし。そのまま恐怖本来無きなり。
 これは「続々甘露の法雨」にも書いてある。

堀 浩二

# by koujihori | 2018-08-21 15:35 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

自分一人が実相顕現すればよい。

 生長の家は「天地一切のものに感謝せよ」という教えだがこれが中々難しいのである。何故難しいか?これは我(が)が感謝しようとしているからである。
 
 自分一人の実相が顕現すればこの世界がそのまま神の創造された完全円満の実相世界であると分かる。そうすると全ての人が素晴らしい感謝せずにおれない有り難い存在であったと分かるのである。ここに無理せず自然に天地一切のものへの感謝が出来るのである。

堀 浩二

# by koujihori | 2018-08-21 15:06 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

現象に満足している者は実相独在の信仰者にはなれない。

 富める者が神の国に入るのはらくだが針の穴を通るより難しいとキリストは仰った。 
 現象に完全に絶望しない限りは実相独在の信仰に入るのは難しいだろう。

堀 浩二

# by koujihori | 2018-08-10 15:37 | 信仰 | Trackback | Comments(0)

実相が出て来れば感謝も出来る。

 天地一切のものに感謝せよが生長の家の教えの根本であるがこれが中々難しいのである。現に自分に不実を為す人間を目の前にして感謝など出来るものではない。
 しかし、それは何時かはやらなくてはならない。それではどうしたら感謝出来る様になるのであるか?
 それは感謝は自分の実相が出て来れば自ずと出来るのである。

 「生命の実相」には自分が尊い神の生命であると分かれば人の生命も尊い命であると分かるとある。要するに自分の実相の目が拓けてくれば自分が神の生命であると分かり同時に他人も素晴らしい感謝せずにはおれない尊い神の子であるというのが如実に観じられる。

 感謝出来ない様なひどい悪人が実際に居るのではない。自分の実相がまだ顕現していないから本来完全円満な神の子の実相が見えていないだけなのだ。

 それならその実相は如何にしたら出て来るのか?それは実相は自分で出て来るのである。
 しかし、のんべんだらりとふわふわしていて出て来るのでもない。観世音菩薩の厳しいお示しの中で自己反省を真摯にして行く中で出て来る。

堀 浩二


# by koujihori | 2018-08-02 10:58 | 信仰 | Trackback | Comments(0)